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■2021年10月26日:スパイ小説の世界へようこそ U- 4

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2カ月ほどままごとのような生活を続けたころ、
五十男にアドゥルから連絡があった。
メールだけはチェックしていたのだった。

今回は、Asok駅までBTS(高架鉄道)で行き、
そこからMRT(地下鉄)に乗り換えて、スクンビット駅に行けとのこと。

着いたところで次の指示を与えると書いてあった。
回りくどい。

MRTのアソーク駅からスクンビット駅は、たったのひと駅だ。
単純に尾行の有無のチェックだろう。

ということは、どこかで誰かに見張らせているということだ。

ちなみに、バンコクでタイ人に「MRT」といっても、誰にも通じない。
タイ語で「ロット ファイ タイ ディン(地下鉄)」と言った方が通じる。


五十男は指示通り電車に乗って、スクンビット駅で降りた。
改札を出たところで、
そこから乗る客の荷物チェックをしているおばちゃんに手招きされた。

「地上に出たら、逆方向に真っすぐ歩きなさい」

なるほど。買収してあったわけか。
それとも、NIAの職員が成りすましているのか。

言われた通り進んでいくと、日本食の屋台が何件か並んでいた。
昼間なので閉まっている。

思わず足を止めて見そうになったとき、
ベンツがそばに寄ってきて止まった。

するすると助手席の窓が降りる。

「乗ってください」

中にいた男に、タイ語でそう言われて車の後部座席に乗り込んだ。

やれやれ、いろいろな車を持っていることだ。

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ベンツに乗り込むと、ラマ9世駅まで進んで、フォーチュンタウンで降ろされた。
ここはパンティップ・プラザに次ぐタイのITモールだ。

助手席の男に、店内に入ってくれと言われた。
中で別の男が案内するとのこと。


店内に入った。
1Fは飲食店なので、ここからどこに行くんだ・・・?
と考えていると、後ろから腕を軽くつかまれた。

ぎょっとして振り返ると、黒いスーツにサングラスの若い男がいて、
うなずいて方向を指し示した。

戸口の脇にでも待機していたのだろう。
気が付かないとは、うっかりしていた。

スーツの男に先導されて、エスカレーターを上った。


2Fは、もうITショップ街になっている。
エスカレーターを上がったところで、スーツの男は反転して逆方向に進んだ。

しばらく行くと、店の列が途切れて、
開いているのか閉まっているのか分からないような店が並ぶ、
オフィスフロアになった。

20秒くらい進んだところで、スーツの男は立ち止まり、
横の店のドアを叩いた。

中からOL風の女性がドアを開けた。

中は恐らく本当にどこかの会社なのだろう。
オフィス然とした部屋で、入り口を開けた女性を除けば、
アドゥルが一人で椅子に座っていた。

お約束でテーブルを挟んで椅子がもう一脚置いてあり、
アドゥルは五十男に椅子を勧めた。

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「ずいぶん回りくどいことをしましたね」

「すまないね。
きみがシンガポール女性と結婚したと聞いていたので、
色々と予防線を張らなければならなかった。
この場所はIT好きのきみにはお誂え向きだろう?

それはそうと、再婚おめでとう」

相変わらず食えない野郎だ。


「今日お呼びいただいたご用件は?」

「やつらがまた悪さを企んでいるらしい」

「やつらとは?」

「決まっているじゃないか。
中東・中近東のお友達だよ。
おそらくまたISの絡みだと思う」

「彼らが何をすると?」

「もうすでにタイに潜入しているものと思う」

「何ですって!?」

五十男はあまりのことに席から立ちあがってしまった。


「どうやって入国したのでしょうか?」

「わからないが、飛行機ではないだろうね。
マレーシアから陸路か、あるいは船か。
ビルマからはるばる来たのかもしれない。
大戦中の英軍のように。

まあ、現実的なのは海路だけどね」

「南部に住むイスラム教徒を頼った?」

「そういうアレじゃないだろうね。
知っての通り、同じイスラム教徒にとっても、ISはお尋ね者だ。
ムスリムの教義を勝手に解釈しているから、いい迷惑なんだろうね」

「それなら、どこから潜入したとお考えなのですか?」

「まだわからないよ。
目下調査中だ。
ただ、通信を傍受した結果、その可能性が高いというだけだ」

「連中の目的もまだわかっていない?」

「まだわからない。
きみにも一緒に調査してもらいたい。
何しろきみは勘がいいからね。

それと、助手を紹介しておく」

どこに隠れていたのか、ネイビーのスーツを来た若者が現れた。

「彼の名前はプーというよ」

プー、とは、蟹のことだろう。おそらくニックネームだ。
タイ人の本名は、祈願的な意味合いを含めて、
古語だったり長かったりするので、
ほとんどの場合、親が子に本名の他にニックネームを付けるのだ。


「こんにちは、プーです」
驚いたことに、下手は下手だが、プーが日本語で自己紹介した。

「よろしく、プー」
まじめそうな青年で、いろいろと鍛えなければならないだろうが、
実直そうなところは上司と違って好感が持てた。

「今件に関しては、今後は彼が君に連絡を取る」

はいはい。

「それと、作戦に入ったから、また衛星通信式の携帯電話を預けておく」
前回の作戦が終わった後、返してあったのだ。


「タイに潜入されているということは、
今度の敵の目標は国内にあるとお考えで?」

アドゥルが答える。

「多分そうだと思う。
タイから、わざわざラオスやカンボジアやミャンマー、ベトナムに行ったりしないだろう。
タイの方が豊かだからね。受けるダメージが大きい」

理にかなっている。

「それと・・・こう言っては何だが」

アドゥルが急に言いよどんだので、五十男は顔を上げた。

「何でしょう?」

「今回の作戦でも、コニー君の助力を仰いだ方がいいように思える。
もちろん、報酬は上乗せするよ」

またか。
その手口にはいい加減、嫌気がさしてきた。
彼女は下手したら妊娠している。

「それはなぜですか?」


「今回のターゲットは、おそらくどこかの商業ビルだと考えられています。
あるいはホテルとか。
要するにいつも人が集まるところです。
そうすると、女性連れの方が、あなたも目立ちにくい」
プーが答えた。

なるほど。
五十男はわかっていたが彼らの見解を聞くつもりで、訊ねた。

「仏教寺院を攻撃したりする可能性は検討しなかったのか?」

「今のところ、ムスリムと仏教は対立していませんから、
仏教寺院を破壊しても無意味でしょう」

「しかし、ISはパルミラとか、そのほか現地の文明の遺跡は破壊したりしているぞ」

「それはある意味で彼らの地元にあったからでしょう。
支配下にあったから、邪魔になると判断したのではないかと考えます」

ふむ。
一応考えてはいるみたいだな。
五十男は満足して質問を打ち切った。


家に帰ると、コニーに事情を説明した。

「いいじゃない。
手伝ってあげるわよ」

「しかし・・・心配なんだ」

「うふ、大丈夫よ。
まだ妊娠していないから。
心配してくれてありがとう」

身の安全の心配をしているのだが。

「あら、そんなの、
あなたお得意のスーパーヒーローに頼めばいいじゃない」

そうか、その手があったか。
しばらくぶりですっかり忘れていた。

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