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■2022年2月22日:スパイ小説の世界へようこそ V-4

5

3か月に及ぶ訓練が終わると、アダウラとその一行は無線で車両を呼び、モスルに帰還した。

モスルの彼らの隠れ家は、郊外の辺鄙なところにあった。
一見何の変哲もない住宅で、歩哨も立っていないので、ISの一支部には見えない。
要するに、同じような隠れ家が何か所もあって、彼らは転々としているのだ。

隠れ家の内部には、警備もお付きの人間もいて、アル・アフダルに迎えられた。

「うむ、若いものたちも顔つきが変わったな」
会うなりアル・アフダルはそう言った。
ただ、謁見を許されたのはアダウラと隊長のハフェズだけだった。

「猛訓練でしたから」
アダウラはそう応じた。

普通、部下に伝える作戦内容と、本音にズレがある場合、
つまり、帰還できないことを想定した任務の場合、
実行部隊の指揮官までは呼ばれないものだが、
ハフェズまで同席を許されたことからして、
アル・アフダルは今回の作戦を本腰を入れて考えているものと思われた。

考えてみれば当然だ。
ハフェズやムラトのような優秀な隊員を、むざむざ犬死させることはない。

アル・アフダルは同意のしるしに再びうなずいて、先を続けた。


「計画を次の段階に進めたいと思う」

今度はアダウラがうなずく番だった。

「我々の目的はわかっているな?」

「はい、イマーム(導師)」
二人は声をそろえて答えた。

「申してみよ」

アダウラとハフェズはちらっと顔を見かわした。
アダウラはそっとうなずいてうながした。
自分より位が下のハフェズが答えた方が、イマームは喜ぶだろうと考えたのだ。

「イマーム、我々の目的はアッラーの教えを広めることです。
不信心者たちを征服することです。
但し、太古の習わしのように、殺しが伴ってはならない。
殺戮は、やむを得ぬ場合のみで、殺しては意味がない。
我々の目的は信徒を増やすことにあるのですから。

そして、晴れて大義を同じくするものたちとともに、不信心者たちに打ち勝つのです」

アル・アフダルは、満足そうにうなずいた。
「うむ、教えていないことまで理解しておるな。
結構、結構。
では、もうほとんど出発の心構えはできているとみて良いな」

アダウラはハフェズが言った、最後の”不信心者たちに打ち勝つ”の部分は、
どうとでもとれるな、と皮肉に考えて口元をゆるめた。
そもそもそうでなければ、アル・アフダルも武器を用意させたりはしない。


「お前たちには、東南アジアのタイに向かってもらう」

アル・アフダルは、わざと重々しく聞こえるように言った。
聞いている二人は、黙ってうなずいた。
あの国には、結構な人数のムスリムがいると聞いている。

「船で行ってもらう」

それは、アダウラにも理解できた。
武器を持っているので、飛行機で移動するのはもってのほかだ。

ただ、そうすると海路なのだが、イラクには海がほとんどなく、港もなかった。
いや、あるのだが、ウンム・カスルなどの貿易港は利用できるはずがないので、
どこの港から出向するのか、興味あるところだった。

そこで、アダウラは疑問をぶつけてみた。
「イマーム、船で行くのはわかりましたが、どこから出航するのですか?」

アル・アフダルはしたり顔でにやりとして答えた。
「イランとの国境沿いの、シャット・アルアラブ川だ。川のほとりから出航してもらう」

アダウラはうなずいた。
なるほど、確かにあの辺から外海に出る船もある。

「船はすでに用意してあるのだ。
今は、書類を揃えているところだ。
お前たちは一旦バスラへ行け。
バスラの隠れ家で、こちらの手のものから必要なものを受け取るが良い。
高性能無線機を用意しておいた。
アダウラ、お前はバスラから作戦を指揮するのだ。
明日、出発するがよい」

イラクから船出をするといっても、
今の政府は西側寄りの政策をしている。
イランとは違うのだ。
武器などを黙って持ち出せるわけはないから、
政府の役人をごまかすために、偽装が必要なのだ。


アル・アフダルは立ち上がった。
会見の終わりの合図だ。

3人とも立ち上がって、アダウラとハフェズは警備のものにうながされて、
会見の場を出て残りの隊員が待つ部屋に戻った。

「出発はいつですか!?」

アサドがアダウラの顔を見るなり勢い込んで訊いてきた。

ハフェズが答えた。

「まあそう焦るな。はっきり何日とは決まっていないんだ。
オレたちはまずバスラに向かう。
そこで準備をしているこちらの手のものに会う手はずだ。

ウサマ、お前はバスラの出身だ。
道案内しろ」

そういわれたウサマが返事をする。
「わかりました」

国内といっても、今のイラクには外国勢力がうようよしている。
国内移動でも油断は禁物だ。

一行はすぐに建物を出た。
イマームが滞在する隠れ家で宿泊するわけにはいかないのだ。

彼らは武器を別送するためにアル・アフダルの他の配下に預けてから、
適当な宿を探して一泊した。

6

バスラまでは、用意されたトラックで移動した。
幹線道路を主に走って、丸一日掛った。
運転は交代でした。
途中、検問は何度かあったが、特に武器など持っていないので、
止められはしなかった。

武器は、軍の輸送車に似せた車両を仕立てて送っているのだ。

バスラに入ると、アサドは教えられた道順に従って道案内した。
バスラも、今はもうほとんど平和が戻ったと言っても良い状態で、
もちろん、西欧の大都市と比べれば犯罪は多い方だが、
街はだいぶ生き返っていた。
スーパーマーケットもあれば病院も、電気製品を売る店も、
遊園地やボーリング場まであった。

隠れ家は、バスラの市街地のほとんどど真ん中といってもいいところにあって、
表向きは車の修理工場のようだった。

こういう人通りの多いところの方が、かえって怪しまれないものだ。
まして、武器など持っていない。
今のところアダウラたちは怪しまれる要素がなかった。

彼らは車を降りると、アダウラとハフェズは肩を並べて修理工場に足を踏み入れた。

何人か、車をジャッキで持ち上げて車の下へもぐり込んだりしている工員がいるほか、
太り気味の、どう見てもここの経営者といった風情の男が、彼らの方に歩いてきて言った。

「やあ、来たな」

「オレたちが誰だかわかるのか?」

男はわかりきったことを訊くな、という顔をした。

「ある種の目的の人間が、6人来ると聞いていれば、当然だろう。
きみらは6人いる」

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「出発はいつなんだ?」

彼らはテーブルを囲んで座っていた。
アダウラたち7人は、経営者の男が出してくれた茶をすすっていた。

「私はハリドだ。
準備がまだ終わっていない。
書類が整うのにまだ2,3日掛かるだろう。
港湾事務局に毎日確認しているから、きみらはしばらくここに滞在していればいい」

アダウラは続けて訊いた。
「どこから出港するんだ?」

「この前を流れているシャット・アルアラブ川の河口からだよ。
船はまだこの辺にある。後で適当な頃合いで見に行けばいい」

「武器は?」

「もう積んである。
きみたちとは別便で、昨日着いたんだ。
重火器はないから、積み込みは簡単だった」


なんとなく腑に落ちない様子のアダウラたちに、ハリドはにやりと笑って言った。

「きみたちの航路は、イラクからスリランカを回って、マラッカ海峡を通り北上するコースだ。
大きな船で行くわけではないので、なんだかんだいって1か月はゆうにかかる。

船の名前は「ムハンマド号」だ。
本当は剣とか槍を意味するアラビア語をつけたいところだが、
そんな怪しまれる船名にするわけにはいかないからな。

ホルムズ海峡には米第5艦隊がいて、油断できない。
注意してくれ。
もっとも、船長は百戦錬磨の男だから、さほど心配はいらないだろう。

表向きはナツメヤシを中国に輸出する船を装い、
その名目で輸出許可書などの書類も揃えている。

ところが、中国には向かわないわけだ」

ハリドは面白そうに笑った。

「きみたちがここに着いた旨の連絡は、私からイマームに伝えておくよ。
もちろん、無線など使わずにね」

伝令を出すのだろう、とアダウラは想像した。


翌日、アダウラたちはトラックで港まで船を見に行った。

船は小型の貨物船で、新しくも古くもなく、ボロそうにも見えなかった。

ナツメヤシ以外の積み荷は、人数分の倍のAK-47に4丁のRPG-7とそのロケット弾2ダース、
大量の手榴弾とAK用の7.62mm弾だった。

それに加えて、ムラトのドラグノフ・スナイパーライフルと、
数丁のサイレンサー付きPB・9mm自動拳銃も忍ばせてあった。

武器は、船倉の水を入れた樽を積んだ貨物室の、
さらに下層の貨物室に隠し込んであった。

船は小型とはいっても、武器を始めとする貨物を積んでも、
船員+6人がゆうに乗り込めた。

乗組員は、船長、操舵手、機関士、航海士の4人で、
彼らももちろんアル・アフダルの配下の者たちだ。

船長は、カーヒルと名乗った。
彼らも、書類の審査待ちだった。

海の男らしく、日に焼けていて、がっしりした体格をしていた。
彼はハフェズの手を握って言った。

「もう少しの辛抱だ。
準備が出来たら、ハリドが教えてくれるさ」

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