戻る クリックして拡大

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ
にほんブログ村

■2022年3月3日:スパイ小説の世界へようこそ V-5

7

五十男とコニーが犬のマリーと遊んでいるとき、
コニーが五十男の携帯電話のランプが点滅しているのに気付いた。

「あなた、電話が」

言われて五十男が電話機をつかむと、メールを受信しているのに気づいた。
電話に届いたメッセージには、何も書いていなかった。
こんなことをするやつらは誰だか決まっている。

五十男はパソコンを立ち上げると、メールソフトを立ち上げた。
思った通りだ。NIAから会見を告げるメッセージが入っていた。

今度も、トンロー通りを適当に歩いていろ、との主旨のことが書いてあった。
時間的には、すぐにも会見したいらしい。


「お仕事なの?」

コニーがあまり面白くなさそうだが仕方がない、といった表情で訊いた。

「ああ。NIAから呼び出しだ。
行ってくるよ」

五十男は手早く着替えると、外に出た。

10分も歩かないうちに、トヨタ・アルファードが歩道を歩く彼の脇にきて、
スピードを落とし始めた。
五十男とほぼ同じくらいの速度になると、後部のドアが開いて、
運転席に座っている男が言った。

「乗ってください」


車には、運転席の他に後部座席にもスーツ姿の男が乗っていた。

「一体あんたたちは、何台高級車を持っているんだ?」

五十男は後部座席に乗るなり、その男に聞いてみた。

返事がないので、別の質問をぶつけた。

「オレの姿を見つけるまで、この辺を走り回っていたのか?」

だが、この質問にも誰からも返事がなかったので、
まあいい、勝手にしろ、とつぶやいて、腕を組んで座席にもたれた。


彼を乗せた車はスクンビット通りに出ると、右折してシーロムの方に向かった。
そのまままっ直ぐ進み、パトゥムワン交差点で右折すると、戦勝記念塔が正面に見えた。
戦勝記念塔のロータリーでは左折して、病院の手前でさらに路地に入った。

路地に入ると、車は薄汚れたタウンハウスの前で止まった。

「こちらです。ここの2階に上がってください」

後部座席で隣に座っていた男が言った。

「はいはい、仰せのままに」

五十男はそういって車を降りると、指示された通り建物の脇の階段を2階に上がった。
1階は屋台だった。

2階は、どう考えても商店主の家にしか見えなかったが、
そこにプーとヌラディンがテーブルの前の椅子に座って、彼を待っていた。

クリックして拡大

五十男はヌラディンに目配せしてから言った。

「どういう場所なんだ、ここは?」

プーはその質問には答えず、五十男が席に着くなり言った。

「先日はヌラディンさんの観光のお供をしてくれたそうですね。
ありがとうございました」

となりのヌラディンもうなずいて五十男の方を見て微笑した。
「世話になった」

「あんたに言われるのは構わないさ。
だがプーに言われる筋合いはないね」

「あの・・・
僕が何か気に障ることでも・・・?」

「さっさと本題に入れ」

「どうもご機嫌斜めみたいですね。
それでしたらさっそくですが、やつらが動き出しました」

「やつらとは?」
五十男はいらいらして訊いた。
もうこんな回りくどいことには、ほとほとうんざりしていたのだ。

「ISの連中ですよ」

プーは辛抱強く続けた。

「ほう」

「彼らがイラクから海路進発した情報をキャッチしました。
東南アジアに向かっているとのことで、
恐らくこのタイに入ってくる可能性が高いらしいです」

「早いな」
ヌラディンが言った。
プーもすかざすうなずく。

五十男のいらだちは収まらなかった。

彼は敵対組織の情報を、こうも簡単にあっさり手に入れる
NIAのやり口が気に入らなかった。

まるでゲームだ。


「その情報を、あんたたちはどうやって手に入れたんだ?」
五十男はとげとげしくプーに訊いた。

「あいにく、情報源は明かせません」

五十男のいらだちは頂点に達した。
彼は立ち上がって言った。

「バカにしているのか、お前は?
そんな情報を、インターネットかメールか、はたまた何かの通信を傍受したのか、
そんなことまでお前はわからないのか?」

「落ち着け、オオシマ。
アラブの慣習を知らないわけではないだろう。
おそらく彼らは電子的な通信手段など使っていない」

「その通りです」
味方がいることにほっとしてプーは言った。

五十男はプーをにらみつけた。
「だったら、何なんだ?」

「オレが当ててみよう。
言伝だろ?例によって」
ヌラディンが言った。

「またしてもその通りです」
プーが澄まして答えた。

五十男は呆れて席に座りなおした。
まだ苛立ちが収まらない。

彼はもう話を続ける気にならなかったので、
後はプーとヌラディンに話をさせておいた。


「それで、彼らとは誰だ?
そいつらの目的は?
規模は?」

ヌラディンがプーに質問しているのが聞こえた。

「それが、まだ初期段階の情報で、あまり細かいことはわかっていないのです」

なにが初期段階だ。
お前らには、第二段階がいつくるのか、正確にわかっているんだろう、
と苦々しく思いながら、五十男は聞いていた。

「ただ、軍隊を送り込もう、というわけではないようです」

「なぜそうだとわかる?」

ヌラディンが再び聞いているのが聞こえた。

「武器を積んでいる形跡がないうえに、
そんなに多くの人数が乗り込んでいるわけではないそうなんですよ」

「ほう」

再びヌラディンの相槌。

「彼らは、やはり以前あなたが言っていた、
ある地域に潜入して、精神的な浸透を目論んでいるのではないか、
というのが分析官の立てた推測です」

五十男はテーブルの上に片肘を立てて、握りこぶしの上に頭を載せてそっぽを向いていたのだが、
ここまで聞いて我慢が出来なくなった。

「バカバカしい、いい加減にしろよ。
NIAはイスラム教徒がわざわざイラクからお船で布教に来るとでも思っているのか?
だったらなぜ堂々と空路で来ない?

お前らはな、見落としてるんだよ。
その船に武器を積んでいないわけがない。
あるいは、南のムスリムのゲリラから譲ってもらうか、どっちかだよ」

そこまでいうと、五十男はまた自分の世界に戻った。


「あなたの懸念はもっともです」

意外にも、プーは冷静に返した。

「我々も、彼らが武装しているか、着いた先で武器を調達する意図があるのか、
その可能性は排除していません。

しかし、もちろん彼らが密航でもすれば合法的に捜査の手を伸ばせますが、
そうしてもいないうちには、治安組織とて手は出せないのです」

「あーあ、そうですか。
だったらここでわたくしたちは何を話しているんでしょうねぇ?
そのことに何の意味があるんです?」


「我々はヌラディン君にそのグループに潜入してもらいたいと考えている」

ふいにアドゥルの声が後ろから聞こえて、五十男は座ったまま首だけめぐらして、
そちらを見た。
どこから現れたのか、そこには彼の上司が立っていた。
いつものように隙の無いスーツ姿だ。

「それはまた大それた発想ですね」

さすがにアドゥルに向かってえらそうな口は利けないので、
多少口調を和らげて五十男は言った。

「いや、そう大それてはいないよ。
大胆ではあるけどね」
アドゥルは平然と答えた。

「相手の目的も分からないのに潜入させてどうするんですか?」

「オレはある程度は予想していたよ」
にやりとしてヌラディンが言った。


「なぬ!?」

これにはさすがの五十男もぎょっとした。
まさか、新入りの寝返り男はなんと肝が据わっていることか・・・
いやいや、頭の切れることか・・・

NIAのたくらみを承知していたということか。

「それに、あんたのいう相手の目的も、それでわかるだろう」

「それはそうだが・・・」

「危険は承知の上さ。
そのために拾ってもらったんだからな」

彼らの後ろでアドゥルが満足そうにうなずいていた。

「話は決まったな。
ではヌラディン君とは別途詳細を話し合おう。

オオシマ君、彼を支援してくれるね?」

「え?
そ、そりゃあ・・・まあ・・・」

先日、ターイ・オラタイのコンサートに一緒に行って親睦を深めた後だけに、
いやとは言えなかった。

またNIAの策謀にしてやられたわけだ。


Tweet


関連記事:

■2022年2月22日:スパイ小説の世界へようこそ V-4
■2022年2月15日:スパイ小説の世界へようこそ V-3
■2022年2月8日:スパイ小説の世界へようこそ V-2
■2022年2月1日:スパイ小説の世界へようこそ V-1


関連リンク:

Blog [Novel] Living in Thailand バンコク@タイ在住/奥様もタイ人・管理人のまったりサイト Top



戻る