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■2021年3月10日:スパイ小説の世界へようこそ V-6

8

「しっかりな。
定期的な無線連絡を忘れるな」

アダウラはそういってハフェズの肩を叩いた。
海上に出たら、人づて、というわけにはいかない。
暗号化されているとはいえ、無線を使用するしかない。

「ご安心ください。
必ず朗報をお届けしますよ」

ハフェズはそう答え、ムハンマド号はつつがなく出港した。


途中、ホルムズ海峡では、やはり妨害があった。
イラン海軍の巡視艇は、カーヒルは本職が輸出業で、
何度もこの海域を本物の荷を積んで通過しており、
なんと相手側の船長と顔見知りで、無線で世間話をして、
モールス信号のやりとりをして済んだのだが、米海軍はそうはいかなかった。

その軍艦にはまさにホルムズ海峡を抜けようとした際に発見されて、
アーレイバーク級駆逐艦の一隻から、ボートに乗った海兵隊員が
臨検のため、ムハンマド号に乗り込んできた。

ハフェズらISの隊員は、水の樽が置いてある船倉の、
奥の方で何個か空になっている樽のフタを開けて、その中に隠れた。

米兵が臨検に来た時、上から英語が聞こえた。

ハフェズやムラトにはわからなかったが、
教育を受けているオマルやハキムには、やり取りがわかった。

「本当にナツメヤシしか積んでいないんだろうな?」

「ちゃんと迷わずに中国に行けよ!」
ほとんどからかっているような口調だった。

手でも揉みながら慇懃に応対しているカーヒルの姿が見えるようだった。
米兵は何事もなく去った。

軍とはいえ、こんな船をいちいち上から下まで臨検していたら、
きりがないのだろう。

彼らが隠れている方には、重い水の入った樽をどかさなければ来れなかったのだ。


オマルとハキムには、別の仕事が待っていた。
タイ語の習得である。
事前に受け取った学習書で、
日常生活に必須なタイ語を彼らは1か月で詰め込んだ。


マラッカ海峡では、海賊が襲ってきた。
彼らの船よりもハフェズたちの船の方がまだ大きかったが、
それでも大型の船ではない。

楽な獲物と思ったのか勇んで接近してきたところ、
AKを船倉から引っ張り出してきたハフェズたちが、
的確な射撃で数連射を相手の船体に命中させると、
驚いた海賊は慌てて回頭して去っていった。


マラッカ海峡を過ぎると、航路上にマレー半島が見えてきた。
きっかり一か月が過ぎるころ、ハフェズたちはタイ南部
ソンクラー県に上陸した。

PULO(パッタニ統一解放機構)のメンバーが、迎えに来てくれているという。

ムハンマド号は、ソンクラー湖への水道の入口にある港に接近した。
夜で、美しい港だった。

港では、PULOの手のものが手回ししてくれていたと見え、
ほとんど素通りだった。

「世話になった」
ハフェズはカーヒル船長に最後の挨拶を交わした。
船長も達者でな、といって彼の背中を軽く叩いた。

PULOのメンバーが用意していたトラックがおり、
ハフェズたちは積み荷を降ろして積み替えた。

ハフェズたち自身は、トラックとは別の快適な2台のトヨタ・イノーバに分乗した。

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9

港の近くのハフェズらが滞在する場所まで車で向かう道すがら、
彼らを迎えに来てくれた男が自己紹介した。

「オレの名はプーというんだ。
こっちの言葉で、”魚”という意味さ。

オレはまだアラビア語を忘れていないが、
こっちに住むムスリムのほとんどは、話せない。
別にあんたがたがタイ語や英語を話せなくても、怪しまれることはないだろうが。
このあたりはムスリムが結構いるんでね」

「住民のムスリムの割合は?」
ハフェズが訊いた。

「2割くらいかな。もっと南に行くともっと多い。
あと、プーケットなんかも多いかな」

ハフェズはうなずいてその情報を頭に入れた。

「差し当たって他にオレたちが知っておくべき情報は?」

となりでムラトが、トラックはついてきているかと後ろを振り返っていた。

「そうそう、数か月前にオレはあんたらの仲間をバンコクまで運んだんだ」


「何?」

ハフェズの声が鋭くなった。

「そいつらは任務には失敗したらしいがな・・・
リーダーだった男は、敵に寝返ったらしいぜ」

「何だと!?」

そんな情報は聞いていなかった。

となりのムラトの方を見ると、やはり同じ感想とみえ、
ゆっくりと首を振ってうなずいた。

「その男の名は」
ハフェズが訊いた。

「確かヌラディンといったかな。
残りのものの名前は、忘れたけどな。
他のメンバーは生き残れなかったらしい」


これは予想外の事態だ。
その情報をアル・アフダルやアダウラは知らなかったのか?
あえて伏せたのだろうか・・・

「ちなみに、オレはあんたらの方の組織には連絡したぜ」
ーが続けていった。

ハフェズとムラトは目くばせしあった。
これはもう、確信犯だ。

意図的に隠されたとみて間違いない。
理由はわからないが・・・

「さあ、着いたぜ」

ほどなく、イノーバのエンジンが止まった。


そこは何の変哲もない一軒家だった。
来る途中、モスクが見えた。

「言ったようにここはムスリムが多いからな。
モスクもたくさんあるんだ」

ーが荷物を降ろしながら言った。
家の中からも何人かの男たちが出てきて、
荷物を降ろすのを手伝った。

皆落ち着くと、居間に通された。
そこには豪勢な夕食が用意されていた。

「たらふく食べてくれ」

食事はタイ料理で、
プー・パッポン・カリー(蟹肉のカレーソース和え)に、
クン・オプ・ウンセン(海老と春雨の炒め物)
ー・カポーン・ヌン・マナーオ(スズキのレモン蒸し)
そのほか焼きイカ、野菜、米飯など、至れり尽くせりだった。

食後にプーは言った。
「今日は風呂に入って、ゆっくり休め」

「かたじけない。そうさせてもらおう」
実際、長旅でハフェズらは心身ともに疲れ切っていた。


翌日、ハフェズたちは荷物を荷ほどきして、武器を点検した。

AK-47、RPG-7、高性能双眼鏡・・・といった物などだ。
荷物は間違いなくすべてあった。

ムラトのドラグノフだけは、どこかで試射して零点規正する必要があったが、
当座後回しでいいだろう。

彼らがそんなことをしているところへ、プーが様子を見に来て言った。

「朝飯にしよう」


朝食はトーストにスクランブルド・エッグ、粥とグッディオと呼ばれる米の麺など、
タイ・洋折衷でうまかった。

朝食の席でプーともう一人の男が自己紹介した。
スキンヘッドで、見るからにマッチョな感じだ。

「オレはホークだ。鷹ではなく、タイ語で”槍”という意味なんだ。
ここのプー以外の若い衆を率いている」

ハフェズとそのメンバーは、食べながらよろしく、と返事をした。

ホークがうなずいて続けた。

「実際問題として、あんたたちの目的を聞いていないんだが、結局のところ、
まあこう言っては何だがあんたたちは何をしに来たんだ?
オレたちが戦術面で支援できることはあるか?」

ハフェズが答えた。

「あんたたちに戦術面で支援してもらうことは、当面ない。
オレたちはアッラーの真の教えを伝えるため・・・
言ってみれば布教に来たんだ」


ハフェズはさらりと答えたが、

ーとホークは困惑して互いの顔を見やった。

大量の兵器とともに、オマルとハキムを除けば見るからに
イスラム戦士、といった男たちの一群が来て、
自分たちは伝道師だ、というのだ。

にわかには信じられるわけがない。

「そ、そうか。わかった。
何か力になれることがあったら言ってくれ」

ハフェズはああ、そうさせてもらう、と答えて朝食に戻った。

と、ふと顔を上げていった。

「そうだ、まずはこの辺の周囲の案内を頼む。
何をするにせよ、地元に馴染むのが先決だ」

ホークがにやりと笑った。

「そういうことなら、お安い御用だ」

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