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■2021年11月18日:スパイ小説の世界へようこそ U- 7

9

「バンコクに着いたら、あんたたちを別のグループに引き渡す」
ーが言った。

「どうやって?」
ヌラディンが訊き返す。

「向こうの連中の代表は、ダーという男だ。
それしか知らん」

これも後で聞いた話だが、ダープというのは剣、という意味らしい。
プが促音で終わるので、日本人や西洋人にはなんとも発音しにくいが、
アラビア語にも促音が多いので、ヌラディンは苦にならなかった。
ようやく、それらしいメンツのお出ましか?


ヌラディンたちを乗せた車がバンコクに到着したころには、
夕刻になっていた。

「うまくやれよ」

彼らを降ろしながら、プーはそう声を掛けた。

「うむ。
ここまで送ってくれて礼を言う」

二人の男は握手した。
ヌラディンは、走り去るピックアップを見送った。

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目の前のビルを見上げる。
てっぺんが見えない。

このビルを倒せというのだろう?
分かりやすい話だ。

チャルン・クルン・ロードと表示された道の
裏路地を、指定された店を探して進んだ。

MARWAN GEMS、マルワーン・ジェムス。ここだ。


目当ての店はシャッターが下りている。
ヌラディンは構わずシャッターを叩いた。

ブザーがあるのだが、そういう文化には慣れていないヌラディンには、
わからなかったのだ。

しばらく待っても反応がなかったので、ヌラディンはもう一度叩いた。
シャッターに耳を当てて澄ます。

何も聞こえなかった。


そのうちに、開いている隣の店の店主が出てきた。

「あんた、何やってるんだ?」

タイ語か何かで訊かれたのだろう、ヌラディンにはわからなかった。
それで、ジェスチャーでわからないという仕草をした。
但し、相手もアラブ人に見えたので、

「アッサラーム アレイコム(あなたの上に平安あれ)」と言ってみた。

すると、

「ワーレイコム サラーム(あなたにも平安あれ)」と返ってきたので、
ヌラディンは安心した。


「いえね、旅のものなのですが、故郷の友人に
この店の人を頼れと言われてきましてね」

「して、あなたの名前は?」

ヌラディンは自分の名を告げた。

「やっと来たな」

その言葉を聞いて、ヌラディン始め一行はどっと安堵した。
しかし、まだ安心できない。

「あんたの名前は?」

「ダープだよ。
もちろん、ムスリムの名も持っているが、
ここではタイ風にそう名乗っている。
一軒隣を指定したのは、ささやかな安全策さ」

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「じゃあ、隣の空き家は・・・?」

このあたりの建物は、いわゆるタウン・ハウスという作りで、
縦に長い建築になっている。

1Fを店にして、2Fが倉庫、それより上が住居、
というような構成が一般的だ。

「うん、隣の建物はあんたたちの居住スペースとして使っていい。
狭いが、4人くらいなら問題ないだろう。
布団は、干したのはずいぶん前だから、少々カビくさいだろうがね。
あんたたちが来るからといって、布団なんか干しといたら、
目を引くからね」

店主のセキュリティ意識に感心して、ヌラディンはうなずいた。
いいぞ。こいつは使えそうだ。


「あんたの出身は?」

「イランだよ」

ヌラディンはまたうなずいた。

ペルシャ人というわけだ。
アル・アフダルや、アダウラと同じシーア派だろう。
それを言ったら、ヌラディンを除く3人もシーア派だから、
うまくやれるかもしれない。

「あんたはスンニ派だろう?
大丈夫、同郷の民だ。
そんなことは気にしないさ」

ヌラディンの表情を読んで、店主がそう言った。

「しかし、一緒に仕事をするにあたって、
あんたの決意を聞いておきたい」
ヌラディンが切り返した。

「決意だって?
よしてくれ、ビジネスだよ。
他に何があるっていうんだ?」

「こいつ、ムスリムの風下にもおけない!
ここで成敗してくれる!」

ジャワリが突然息巻いて立ち上がった。
ダープが驚いて後ずさる。

「座れ。
さもないとオレがお前を殺す」

ヌラディンの声は静かだが、ドスが効いていた。
爆弾魔とはいえ、彼は歴戦の勇士だ。
こんな若造の首の骨くらい、素手でもへし折ってやれる。


ジャワリは立ったまましばらくヌラディンをにらんでいたが、
あきらめて座りなおした。

そう、それでいい。
今いきがらなくても、後でお前が自分の墓穴くらい自分で掘れるように、
オレが手配してやる。

ヌラディンは心の中でそう言ってやった。

「確認だが、家主は誰なんだ?
あんたが地主ではあるまい?」

「オーナーはタイ人だよ。
しかし、この辺一帯の地主は一人の人間だ。
このブロックの住人はみんなムスリムだが、だからそんなことが可能なんだよ。

なーに、見に来やしないよ。
私が請け負う」

その点は少し心配だが、とりあえず気にしないことにした。
他にも懸念点はいくらでもある。


「それで、オレたちのターゲットは?」

「目の前のステート・タワーの爆破だ。
隣の家に、武器も用意してある」

待ってました。

「何がある?」

「行って自分で見てもらったらいいよ」

5人は連れ立って隣の建物に行った。

タウンハウスというのは、もともとほとんど隣同士が連なって
建てられており、しばしば戸を開けると隣の家、
となっている場合が多い。

ダープの店と隣のマルワーン・ジェムスもその類の家屋で、
2Fが繋がっていた。

マルワーン・ジェムスの1Fは殆ど空き家で、
使われていない什器と、あとはレジスターが置いてあるだけだった。

そして2Fに、彼らのために用意された武器が置いてあった。

AKS-74Uが4丁に、5.45x39mm弾を収めた30連の弾倉がそれぞれ6本ずつ。
既に銃に装着されている分を合わせると、各自に7本ずつだ。

よし。これだけあれば世界大戦を始められる。

それに、AKS-74Uは小型だから、鞄に入れて簡単に持ち運べる。


そして、爆薬だ。

「セムテックスだ」
ダープが誇らしげに言った。

それは、段ボール箱に入っていた。

「いいね。信管はなにがある?」

「これを用意したんだ」

ダープはそう言って、細い葉巻のようなものが5本ほど入ったケースを2つ、差し出した。

鉛筆型時限信管(雷酸水銀と撃針がカプセルで隔てられて入っており、
一方のボタンを押すことによりカプセルが割れて(もしくはカプセル部分を折る)、
中に入っている雷酸水銀が隔壁を酸化させ、
撃針が反対側の雷管を打つ仕組みになっており、
爆薬に差して使う。雷酸水銀の量を調節することで遅延時間を決定する
)だ。

「そんな・・・旧式な・・・!」

またジャワリが文句を言おうとした。

「お前は黙ってろ」
ヌラディンは後ろを振り向いて冷たく言った。

「時限信管は、5分と10分のものを用意しておいた。
ケースが2つあるのはそのためだよ」
ダープが言う。

「そんな、それじゃ逃げる時間がほとんどない!」
今度はリドワンだった。

「殉教するつもりじゃなかったのか?」
ヌラディンは今度もそういって、子分を黙らせた。
ただ、次のように付け足すことも忘れなかった。

「あのな・・・普通のやり方をして、敵を欺けると思うか?
今度の仕事は、誰の仕事だ?
偉大なる爆弾の魔術師、ヌラディンの仕事だぞ?」


その後で、ヌラディンはセムテックスの入った段ボール箱を持ち上げようとした。

ところが、持とうとすると、意外に重い。

「一体何キロあるんだ?」

「25ポンド(約11.3kg)用意した」

「そんなに?
お前さん、何をやらかそうというんだ?」

「やらかすのはそっちさ。
それに、たくさんあっても困らないだろう?
使う分だけ切ればいいんだから」

「それもそうだな」

セムテックスは、粘土状の爆薬で、ナイフのようなもので簡単に切り取れる。

ホテルのカードキーも渡された。
「一週間程度泊っていることになっている。
うまくやれよ」


あとは、決行の日だけだった。

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