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■2021年11月25日:スパイ小説の世界へようこそ U- 8

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五十男とコニーは、作戦の前にステート・タワーに一度偵察に行くことにした。
五十男が、自分では携帯電話を持っていないので、
コニーのスマート・フォンで当日に予約した。

63Fの「Sirocco」は予約できなかった。
念のため聞いてみたのだが、クリスマスなどとてもとても、
いっぱいで予約できるものではなかった。

そこで、52Fのアジア料理店、「Breeze」を予約した。


昼間のうちにトクに連絡した。

「○○さん、こんにちは」

五十男の本名を知るトクが、いつもの呼びかけをしてくる。

「こんにちは、トクさん。
この電話は秘話回線ですよね」

「そうですよ。
何でもどうぞ」

「実はまた人を借りたいと思って」

「どんな種類の?
料理人、掃除人、IT...」

「いやいや、そうじゃなくて」

「分かってますよ。
SP(Security Police、要人警護)ですよね?
警官じゃないけど」

「当たり」

「勤務地はどこです?
コニーさんとはもう一緒に住んでるんだから、シンガポールじゃないですよね?」

「読みが深い。
タイです」

「いつからいつまで?」

「今日から、クリスマスまで」

「了解。
ユノを行かせますよ。
この電話を持ち歩くように」

そう言って電話を切った。


「よし。これで安全装置は掛けた。
ゴドフロアもいるだろうし、まずは安全だろう。

それじゃ出かけようか?」

奥で着替えているコニーに声を掛けた。

うん、と答えて出てきたコニーの姿を見て、五十男は息をのんだ。

コニーは深紅のシルクのドレスを着ていた。
裾がカーブしており、緩やかに波打っている。

五十男があげた、マフアンの形見である、ピンクゴールドのネックレスもしていた。
結婚式の際に、一旦相続した義妹さんがくれたのだ。
手にはプラダのクラッチ・バッグ。
五十男は見おぼえがなかったので、自分で買ったものだろう。

「まいったなあ」

「どうしたの?」

「いや、BTSで行こうとしていたんだ」

「いやだ、冗談でしょ?
あなたの妻は学生じゃないのよ」

仕方ない。タクシーを拾うか。
五十男も、ここぞとばかり何年も来ていないスーツを引っ張り出してきた。


ステート・タワーに着くと、
ロビーを横切ってエレベータールームに行った。

ここで係りの者がいて、どこに行くのか聞かれる。
行き先を告げると、背負い鞄などを所持している場合は、
番号札を受け取って預かってもらえる。

五十男は、必要なものだけ取り出して、鞄は預かってもらった。

ちなみに、短パンやミニスカートなど、露出の多い服装は断られる。
もっとも、女性の場合だったら巻きスカートなど貸してもらえるので、
多分男でも何かしら用意してもらえるだろう。


既にこの時点で、どこぞの紳士淑女かというような、
着飾った男女がエレベーターか来るのを待ち構えていた。

コニーは、その美貌からしても、来ている服装からいっても、まず合格だろう。
ところが・・・
五十男の方は、干からびた貧乏神のように見えるに違いない。

エレベーターに乗って52Fまで上がる。
狭いエレベーターの中は、利用客がつける香水の匂いで臭かった。

「わあ!」

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「Breeze」のフロアに足を踏み入れるなり、
コニーが讃嘆の声を上げた。

フフフ、この程度で驚きおってからに、
後で「Sirocco」まで上がったら、驚嘆してちびってしまうぞ。

と、五十男はそんな想いは秘密にしておいて、
コニーと一緒に席に着いた。

二人は、コース料理を注文した。
すなわち、ロブスターのスープ、アラスカ蟹のフライ、イカのから揚げ、
鶏肉の炭火焼き、オージービーフのステーキにライスは日本米。
そしてデザートはマンゴーのパフェだ。

コニーは何とかいう高いワインを飲んでいた。
その美貌に、赤いドレスと赤いワインが良く似合った。
髪は夜会スタイルにまとめてあった。
五十男の大好きな髪型だ。

五十男がうっとりして妻を見つめていると、コニーが口を開いた。

「あなた、お仕事のことを忘れていない?」


コニーが前かがみになって言った。
ドレスの胸倉から、胸の付け根が少し見えた。
くらくらしそうだった。

そうだった。
何しに来たんだ、オレは。

「ま、そ、そうだねぇ。
今頃爆弾犯は何をしているのかと考えていたんだ」

「うそおっしゃい。
どうせこのあと、わたしをどうしようかとか考えていたんでしょう」

完全に考えを読まれて敗退寸前だったが、
五十男はなんとか寸前で踏みとどまった。


「そんなことはないよ。
ちょうど犯人は爆弾をどこに仕掛けようとしているのか、
思いついたところさ」

「へーぇ。
それなら、何階なのか言ってごらんなさいよ」

「まず中から高層階は客室とレストランしかない。
それとビルを倒壊させるには、下の方に爆弾を仕掛けるのがいいと思うんだ」

「このホテルには宿泊はしていない、と考えているの?」

「この前言ったように、ここには宿泊していない。
どこか別のところに泊まっている」

「ふーん、でも、それって当たり前のことよね」

五十男は負けずに言った。

「ただ、下層階に何があるのか、僕も知らないし、
調べてもわからなかったんだ。
今日来たのはそれでだよ」

「それでだよって、何が?下層階を調べに来たの?」

「そうさ」

「そうさ・・・って、それで何で今52Fにいるのよ」

「それは・・・」

「ふふ、バカねぇ。
正直にわたしをその気にさせるためだった、って言っちゃいなさい」

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「わかったよ。
それなら、次に行こう」

「次?次ってなに?」

「この上があるんだ」

「なになに??」

二人は、会計を済ますと再びエレベーターに乗った。
63Fで降りる。

この時点で、ガラス戸の向こうの外の景色が見える。

コニーが唖然として、幽霊のようにガラス戸の方に歩いて行った。

「え、なにこれ??」


ガラス戸を開けて外に出ると、突然風に吹かれて
普通は、びっくりする。
しかしすぐにそれは、心地よい感覚に取って代わられるだろう。

レストラン「Sirocco」は、ここで食事しなくても、入場することができる。
あるいは、ドリンクだけ注文して、どこか席が空くまで立ち飲みしてもいい。

今の二人が、まさにその状態だった。

「May I help you?」
突っ立って飲んでいたからだろう、ボーイがコニーに声を掛けてきた。
どう考えても口説くための口実だろう。

うっとうしいんだよ、お前。

しかし、コニーがスマートに英語でいいえ、間に合っているわと答えたので、
相手は大人しく撤退した。

不愉快な一面もあったが、このどこかにユノがいる、
と思うと安心できた。


ここはレストラン先端部に「skybar」があって、
円形に囲まれたカウンターに肘をついた状態で、
景色を見ながらアルコールを楽しめる。

そこまでたどり着いて、コニーは自分の前職を思い出したのか、苦笑した。

「どうしたの?」

「いえ、以前を思い出しただけ」

「そんなこと、気にすることはないさ。
いまのきみは、オオカミのマリーのママなんだ」

「アハ、そうね。ありがとう」


さすがにここは美男美女が多いが、
それでもコニーの容姿は周囲より数段上で、
一方、五十男は数段劣るため、
みんなコニーが通り過ぎると足を止めて、コニーの方だけを感心したように振り返った。

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「Sirocco」から眺める夜景は格別で、
都会の絶景、と呼ぶに相応しい光景だった。

うねるように見える高速道路が、まるで河のようだ。

五十男は、コニーの次に美しい、と思った。

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