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■2022年3月24日:スパイ小説の世界へようこそ V-8

12

「あいつらはやりすぎだ」

ムラトがハフェズに言った。
ハフェズも重々しくうなずいた。

「放っておいたら暴動になるぞ。
あんたにも分かっていると思うが」

「そうだな。なんであいつらはあんなやり方をしているのか・・・」

「舞い上がっているんだよ。
与えられた任務を前に、過信しているんだ」

二人は、オマルとハキムの話をしていた。

「よし、一度二人を呼び出して問いただしてみよう」

ハフェズは、隊の残る二人、アサドとウサマにオマルとハキムを呼びにやらせた。


オマルとハキムがハフェズたちの滞在する家にやってくると、
ハフェズはまず二人に茶を飲ませた。

少し後ろでムラトが怪訝そうに様子をうかがっている。

「さて、お前たちの任務への精進ぶりは目をみはるばかりだ」
ハフェズはオマルとハキムに向かってそう切り出した。

二人は褒められてうれしそうだ。

「それでだが、お前たちは民を焚きつけて
どんなことをしたいと思っているのかな?」

「はい、我々はこの地に橋頭保を築きたいと考えておりまして、
既にPULOの先発隊がプーケットに入っております」


その場にいた残りのものたちは、それを聞いて唖然とした。

「バカな!すぐに呼び戻せ!」
ムラトが怒鳴った。

「それは無理です。彼らは既に発っており、
無線や携帯電話の類は持っていません」

「なんだと・・・」

ハフェズがムラトを手で制した。

「まあ待て、オマル、ハキム。
お前たちがそのような行動を取ったのはなぜだ?
そして、どうしてプーケットなのだ?」

「決まっています。
アッラーの理想の体現のためです。
プーケットを選んだのはPULOの選択です。
ムスリムが多く、比較的説得しやすいだろうとのことでした」

「しかし、PULOを動かすなどとは、なぜ独断で動いたのだ?」
ハフェズはまだ穏やかに聞いている。

オマルとハキムは少ししどろもどろになった。

「それは・・・隊長たちの志も同じと信じていたからです」

ハフェズは少し説教口調になって言った。

「我々はイマームの指導の下で動いている。
いかなる場合でも、行動は指示に従わねばならない。
今後は、どんなことをする場合でも、私を通じてイマームの指示を仰がなければだめだ。

それと、もうモスクには行かなくていい。
わかったら下がれ」

ハフェズはオマルとハキムの返事を聞かずに、
アサドとウマルに二人を控えの間に連れて行くよう合図した。


「それで、どうするつもりだ?」

4人が去るとムラトが聞いた。

ハフェズはムラトを振り返って、平然と言った。
「今聞いた通りだ。イマームに連絡して指示を仰ぐ」

「イマームはなんと仰ると考えている?」

「分からんが・・・おそらく、そのまま成り行き任せになるだろうな。
アル・アフダルとて、異国の島をひとつ支配下に置けるとなれば、
悪い気はしないだろう」

「あの二人は狂っている」

ムラトの言葉が、ハフェズの背中に突き刺さった。

13

ヌラディンは、各地のモスクを、中に入るのは危険なので、
出入りする人々の後をつけて、
その人々が利用するスーパーマーケットやコンビニ、飯屋、商店などで話を聞きこんでいた。

断片的に入手した情報をつなぎ合わせると、
何やら異国からきて変わった説教を垂れるムスリムのことが話題になっており、
特にPULOというイスラム・ゲリラ組織のシンパたちを刺激しているらしい。

これは厄介なことになっている、というのが正直な感想だった。
さらに、彼はハフェズやムラトといった、昔祖国でともに戦ったイスラム戦士の姿を見ている。
情報の裏付けが取れたといっても言い過ぎではなかった。

PULOの浮足立った連中など、
実戦経験豊富なハフェズたちに丸め込まれて、あっさり扇動されてしまうだろう。


彼は「TreeHouse Cafe ソンクラー」に入って、甘ったるいアイスコーヒーを飲みながら、
これまでに入手した情報でなにが導き出せるか、考えてみた。

カフェ・ソンクラーはその名の通り、1本の大木を切り裂いて作ったような店になっていて、
眺めの良い高台にあり、景色がよかった。

自然はストレス解消とともに、落ち着いて物事を考えるのを助けてくれる。

この店はオープン・エアなので、周りの客の話し声も風に乗って、
情報として聞けるのではないかと期待してもいた。

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彼が一人沈思黙考していると、少し離れたところに座っている二人連れの客の会話が、
断片的ではあったが聞こえてきた。

最初彼は”プロ(PULO)”という単語にピンときた。
彼のタイ語はまだ流暢というレベルではないため、
英語のアルファベットの発音は聞き取りやすかったのだ。

さらに耳を澄ませていると、ゲリラとかプーケットといった単語が聞こえてきた。
もう十分だった。

ISはプーケットに侵攻しようとしている。
しかしまだ彼らの規模が不明だった。

ハフェズたちが連れてきた兵隊は、恐らく少数だろう。
しかし地元ゲリラの協力を得て、兵士は増強しているはずだ。
いずれにしろ小部隊だろうが、話半分では情報にならない。
確証が欲しい。


噂話をしているのは年配の夫婦だった。
彼らにろくにタイ語が話せない外国人の自分が近づいても、怪しまれるだけだろう。

それに、年寄りは兵士にはなれない。
ゲリラの兵士の構成員は若い人間だろう。
となれば、もっと若者が集う場所を探した方がいいかもしれない。

暗くなるまで待って、バーのようなところに行った方がいいだろう。

ヌラディンはもう少しこの店にいてから、出ることにした。


その店は3軒目の店だった。

西洋人もたくさんいて、アラブ人である彼がいても、何ら不自然ではなく、
ソンクラー県を訪れる観光客は大勢いる、ということを再認識させてくれた。

その店、「ブルー・スマイルカフェ」は海軍空港のそばの、
アジアに特有のごちゃごちゃした住宅街のなかにあり、
テラス席もあって、湖が見える。

建物自体は縦に長い奇抜な作りで、酒を飲まない人間なら、
若者でない限り近づきそうにない店だった。

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ここに来ると、地元のニュースがいくらでも聞けた。
四方八方から飲み客たちの会話が聞こえるのだ。
若者たちの間では、今、アラブから来たオマルとハキムという、
若い説教師たちのうわさで持ちきりだった。

過激思想を振りかざし、なんでも、プーケットを占領するとかしないとか。
そんなバカな話があるけぇ、というのが大方の見方で、
そもそも成功しないだろう、とがヌラディンの右手の方の席に座っている客の見立てだった。

一方で、PULOのようなゲリラは何をするかわからないから、
いずれ何かが起きる、という慎重な意見もあった。

カウンター席に座っている物知り風な白人は、バーテンダーに向かって
連中はもうプーケットに向かって進発しているよ、とまくし立てていた。
かなり酔っているようで、連中のチームは6人構成の隊が2隊だ、とわめいていたが、
あんたはペーパーバックの読みすぎだよ、とバーテンダーがなだめていて、
今読んでいるペーパーバックに2チーム出てくるんだろう?と冷やかしていた。


今夜ヌラディンの元を立つNIAへの通信文は、
あつあつほかほかの産地直送便となりそうだった。

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