戻る クリックして拡大

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ
にほんブログ村

■2021年6月8日:スパイ小説の世界へようこそ 9

22

翌日、五十男は朝食後、またホテルを後にした。

今日向かうのは園芸用品店だ。
事前にパソコンをインターネットに接続して調べておいた。

地下鉄に乗ってカルデコット駅まで行く。
かなり遠い。


ホテルからラッフルズ・プレイスまで歩いて電車に乗り、
ドービー・ゴート駅でCC線に乗り換えて、揺られること16駅。

一時間近くかかった。

目指す店、「Far East Flora」はカルデコット駅からは歩いて5分くらいだ。
トア・パヨーと呼ばれる高層住宅地を背に、暑い中目的地に向かった。

店はかなり広い面積があり、車がたくさん止まっていた。
そう、この店は電車で来るようなところではないのだ。

とはいえ、シンガポール市民ではない五十男には、仕方がなかった。
車など持っていない。

幹線道路から一本入った道路沿いに、延々と植木鉢に入った植物を並べてある。

シンガポールでは、最近園芸が流行っているらしい。
素人が見よう見真似で植物を腐らせているのでなければいいが。

中には、乗用車のトランクを開けっぱなしにして、
何かの植物の苗をスズランテープで固定して積み込んでいる客もいた。

クリックして拡大

目的のものを探して、園内をかなり歩いた。
園内の端に達する前にアラスカに着いてしまうのではないかと考えていると、
端まで歩いてやっと見つかった。

五十男は、小型の剪定ばさみのようなものをひとつ、購入した。
もしかしたらと考え、紐も買って、鞄に入れた。


帰りの電車もだるかった。

乗客は少なかったが、
車内の左右を見渡して、脅威になるようなものを探したが、
何もあるはずがなかった。

空いているのだ。
こんなところで人を襲う輩はいない。


車内で昼飯をどうするか考えた。
クラーク・キーに行ってみるか。
昼間のうちに作戦地域を偵察するのも悪くない。

が、同じ人間が昼も夜もその辺を徘徊していた、
などという目撃情報が流れてもまずい。
我慢して別のところで済ますことにした。


そこで、ドービー・ゴート駅で降りて、
駅の向かいのショッピング・ビル、プラザ・シンガプーラの中にある、
「Bizen Okayama Wagyu Steakhouse」で、ステーキのランチを食べることにした。

店に入るときに、同じビルの反対側に、携帯電話ショップがあるのが見えた。
お、ここにもあんな店があるのか。
今度はここに来てもいいな。

店は通りに面しているため、ステーキを頬張りながら通りを見ていると、
学生服の少年が歩いているのが目に入った。

この辺に学校なんてあるのか?
そういえば、シンガポールで高校とか中学というのを、見てないな。
この金融大国の未来を担う少年少女の姿を見ていると、急に微笑ましい気分になった。

ランチを手早く済ますと、五十男はまた電車に乗ってホテルに戻った。


23

夜になると、五十男はホテルを出て、仕事場の付近の駅はフォート・カニンガムなのだが、
ホテル付近のラッフルズ・プレイス駅からは、乗り換えの便が悪いので、
タクシーをつかまえてフェアプレイス・チャイナタウン・ポイント(スーパーマーケット)まで行って、
黒いゴミ袋を買い、またタクシーに乗ってクラーク・キーの入り口で降ろしてもらった。
そこからは歩いてリバー・バレー・ロードに出て、まずは欺瞞に使えそうな店を探した。

クラーク・キーの入り口の角に良さそうな中華料理店を見つけた。
見たところ家族経営のような感じがしたが、
適度に客が入っていて、紛れ込めそうだった。

満足して公園の方に向き直った。

歩道橋まで結構ありそうなので、車の往来が途絶えたところを見計らって、
ダッシュして通りを渡った。


ここは公園に沿って背の低い植物がずっと植わっている。
荷物を隠すにはうってつけの場所だ。

公園の入り口には事務所みたいな建物があって、人もいるので、
それが途絶える付近まで行ってから、生垣を乗り越えようとした。


挙げた足を途中で止めた。
低い生垣の向こうにフェンスがある。
これでは、この生け垣をまたいで公園に入れない。
つまり、歩道から見えないように荷物を隠すことができない。

仕方なく上げた足を戻して、何食わぬ顔で歩道を反対側の入り口まで行った。
狭い入口を5歩ぐらい過ぎたところに、
フェンスが途切れてやぶになっているところがあった、

そこにも木は植わっていたので、左右に人がいないことを確かめてから、
鞄から剪定ばさみを出して、手ごろな枝を切って、歩道に放り投げた。
そうしておいて、そのやぶの下の方に、
スーパーで買った黒い袋に入れた指令書を隠した。

袋は気持ち丸めておいた。封筒の形になっていたら、
札束でも入っていると思われて、持ち去られるかもしれない。


封筒自体は白っぽいので目立つし、何も目印がなければ、探す方も困るだろう。
歩道に放り出した枝を数時間以内に誰かが拾って片付ける可能性は低いし、
その枝自体はそんなところに転がっているのは、不自然だった。

ひと仕事終えると、五十男は立ち上がって額を二の腕で拭った。
汗だくだった。
もう一度付近を見まわして、誰にも見られなかったことを確かめた。

来た道を引き返すと、行きに目を付けておいた中華料理店に入った。

クリックして拡大

店は繁盛していた。華僑のおばちゃんと、娘らしき女が忙しそうに切り盛りしていた。

五十男は外が見える席に着いて、酢豚を注文した。

外を見ながら食べていたのだが、ここからでは、反対側の公園の様子はわからなかった。

30分ほどで食べ終わってしまい、長居しても申し訳ないので、金を払って店を出た。

どうするか。
う、結構ボリュームあったな。
このまま走りでもしたら戻しそうだ。


少し歩いてカニング・レーンの角に、今度はカフェを見つけて入った。
不愛想な若い女の店員が一人いるだけだった。
厨房にも人はいるかもしれないが。

ここからだと、先ほど指令書を隠した辺りは目の前だ。
五十男はカフェから1時間ばかり監視を行ったが、
向こうの通りは見えるものの、ほどほどに人通りはあり、
それらしき人物は特定できなかった。

怪しげな行動をしている人物も見当たらない。
公園で太極拳だか中国拳法の練習に余念のない一団を除けば。


22時にはカフェも看板となり、五十男は例の不愛想な店員の女に店を追い出された。
だからそんな幸のなさそうな顔をしているのだ、と意地の悪いことを考えた。

通りに目をやって、人通りがないのを確認すると、急いで通りを渡った。

歩道には、数時間前に置いた木の枝がまだあった。

隠し場所に置いたゴミ袋は・・・なくなっていた。
コンタクトが来て持って行ったということか。

誰かがゴミを拾っていったとしたら、なぜ木の枝は拾わなかったのか。
それとも・・・

あらぬ心配はやめることにした。
今さらもう遅い。

あとは帰って寝るだけだ。


またコニーのことを考えた。

彼女は今ごろ何をしているのだろうか。
自分がこんなことを稼業にしていることを、彼女は知らない。
いつか、それを彼女に話さなければならない日が来るだろうか。

いや、それは考えすぎだ。
彼女との関係はまだ始まったばかりだ。
どこに向かうのかすら、はっきりとはわからない。

そんなことを考えながら、五十男はホテルまでの道筋を、のんびり歩いて帰った。
頭を冷やすには、ちょうどいい機会だった。

Tweet


関連記事:

■2021年6月1日:スパイ小説の世界へようこそ 8
■2021年5月26日:スパイ小説の世界へようこそ 7
■2021年5月19日:スパイ小説の世界へようこそ 6
■2021年5月12日:スパイ小説の世界へようこそ 5
■2021年5月5日:スパイ小説の世界へようこそ 4
■2021年4月27日:スパイ小説の世界へようこそ 3
■2021年4月13日:スパイ小説の世界へようこそ 2
■2021年3月29日:スパイ小説の世界へようこそ


関連リンク:

Blog [Novel] Living in Thailand バンコク@タイ在住/奥様もタイ人・管理人のまったりサイト Top



戻る