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■2021年12月7日:スパイ小説の世界へようこそ U- 9

11

決行は12/24という指令だったので、その前日、
チャルン・クルン通りの隠れ家に潜む5人は、最終打ち合わせをした。

犯行メンバーが予め下見するわけにはいかないので、

事前にダーが侵入し調査したホテル内見取り図を元に、
ヌラディンはどこを狙うかは既に決めていた。

武器も、こちらも試射するわけにはいかないので、
前もって念入りに点検してあった。

銃のボルトは正常に作動するか、潤滑油は塗りすぎていないか、
排莢機構は問題ないか、撃針はちゃんと雷管を撃てる位置にあるか。

弾薬も、弾倉から一旦抜いて、スプリングが給弾不良を起こす可能性はないか、点検した。
何しろシリアルナンバーは削り取られており、どこ製のAKかわからないので、
造りの問題は極力シビアに見ておきたかった。

弾薬そのものも、訓練弾ではないかどうか確認した。
その結果、これらの火器を用意したものたちに、
ヌラディンたちをハメようという意図はないことがわかって安心した。


ただ、問題もあった。
またリドワンとジャワリがもめ事を起こしたのだ。
二人は作戦の際に着ていく服のことで揉めていた。

ジャワリの荷物の中で最後のシャツはピンク色だったのだが、
彼をそれをリドワンの黄色のシャツと交換してくれとせがんだのだ。

当然、リドワンはふざけるな、と拒否する。
それで、取っ組み合いにまで発展したのだが、
ヌラディンが二人ともを殴りつけて大人しくさせた。
まだまだ20のガキなどには負けない。


「よく聞け、お前たち」

ヌラディンはアリーも含めた3人に向かって宣告した。

「明日、お前たちはここで待機だ」

3人は、今聞いた言葉が信じられない、というように互いの顔を見やった。

「そ、そんな、僕らはここで何をすればいいんですか?」
アリーが聞いた。

「オレは爆弾を全部は持って行かない。半分くらいだ。
お前はその残りを見張れ。後で足りなくて戻ってくるかもしれない」
ヌラディンは答えた。

「で、オレたちは?」
とリドワン。

「お前とジャワリはオレが戻るまでこの隠れ家を守れ」

「・・・で、あんたは戻ってくるんですかね?
案外オレたちを置いて一人で逃げようって魂胆では?」
それまで黙っていたジャワリが言った。

「オレは戻ってくる。約束する。
アッラーにかけて誓う」

しかし、アリーが懇願してきた。
「ここまで来たんです。ぜひ連れて行ってください!」

「いいか、お前たち、お前たちはここまでよくついてきてくれた。
しかし、お前たちの中に異教徒を殺したことがあるものはいるか?

いや、質問を変えよう。
誰でもいい、人を殺したことがあるものはいるか?」

そう言われては、若い3人は黙るしかなかった。

「お前たちはまだ若い。
この作戦は異国での作戦だ。
抹殺に参加できなくても、経験としてきっと残る。
生き残って祖国に帰れ」

そこまで言うと、さすがに3人とも説得できたように思った。


夜になって、ヌラディンは一人で考えた。
若い3人の配下には、後味の悪いことをしてしまったが、致し方ないだろう。
何しろ、ヌラディンの勘は自分たちは捨て駒だ、という感触を告げていた。
自分はともかく若い3人まで巻き添えにしたくない。
チャンスがあれば、脱出できるだろう。
人を殺さないうちなら。

一方で、自分のことにおいては、
これから異教徒どもに天誅を与えられるのかと考えると、
ヌラディンはいいようのない興奮を覚えた。

この国の民は仏教徒だから、
キリスト教徒どもの祭典だか祝日だかは関係ないかもしれないが、
ここのような観光地には、そんなことには関係なく観光客が集まる。
そのお膝元で爆弾が炸裂すれば、さぞかし大きなショーとなるだろう。

当日も多くの観光客で溢れてくれることをヌラディンは願った。


「明日は予約客で満席らしい。確認したんだ」

後ろでダーが自慢気に言った。

ヌラディンは一瞬、自分が何を聞いたのかわからなくなって、
ゆっくり後ろを振り向いた。

「どうやって確認したんだ?」

「電話したのさ」
ダーが答える。

「いつだ?」

「さっきだよ。2〜3時間前」
まだミスに気が付いていない。

「どこでだ?」

「どこで、とは?一体何が言いたいんだ?」

「お前はどこからどこに電話したのかと聞いているんだ」

「さっきここで携帯電話で店に電話して聞いたんだ」


・・・くそ野郎が。
しかし、ヌラディンは衝動で行動するような男ではなかった。

「誰かが盗聴しているとは考えなかったのか?」

「盗聴?何を?私の電話を?誰が?」

もはやダープは事態に気が付いていた。
しどろもどろになっている。

もういい。こいつとはこれ以上話しても無駄だ。


こいつをどうするか。

処分するしかないだろうが、ヌラディンはその場合の損得を計算した。
得はもちろん、これ以上の機密漏洩の阻止だ。

損は、残った配下への影響だ。
心配なのは殺しの現場を見たときのショックの影響だが、
彼らは戦闘や殺しの経験はないとはいえ、
シリアやイラクに生活の場を置くものとして、凄惨な光景を見たことは
一度や二度ではないはずだ。

彼は決断した。

このとき、ヌラディンは丁度しゃがんで
ナイフを使って爆弾を隠しやすい大きさにスライスしているところだった。
ナイフは、インドネシアからタイまでの航海の途上で、世話になった船員からもらったものだが、
それまで
靴下の中にテープで止めてあったのだ。

ダープは腰に手を当てて彼の後ろに立っていたのだが、
ヌラディンの作業を覗くような形でかがみこむような姿勢になっていたため、
ヌラディンの方からも相手の頭がだいたいどのあたりにあるのか、察することができた。
彼は振り返りざまに目にも止まらぬ速さでナイフをダープに向かって投げた。


ナイフは、ダープの喉に刺さった。
ダープは信じられない、という顔を浮かべたまま、そのまま後ろ向きに倒れた。

3人のヌラディンの配下は、皆唖然としていた。

「死体を隠さなければならんな。
明日、オレが帰ってきてから片づけよう。
死後硬直が始まっているだろうが、なに、一日くらいなら問題ないだろう。

血が流れ出ているから、今のうちにこいつを風呂場にでも放り込んでおけ」


翌24日の正午、ヌラディンは明日の夜半になっても自分が戻らなかったら、
自分に構わず3人だけでも撤収しろ、と配下に言い残して出発した。


しかしヌラディンが出率した後、
残った3人は円座になって話し合った。


「あの人殺しをどうする?」
ジャワリが残りの二人に訊いた。

「知らないよ。
どうするって、どうしようもないじゃないか」
アリーが答えた。

「これまでのところ、彼は目的に向かってまじめに取り組んでいるし、
オレたちを裏切るようなそぶりも見せていない。
彼が待っていろというのだから、1日くらいなら、待つしかないんじゃないか。
オレは彼は信じられると思う」
と、これはリドワン。

「けっ、そろいもそろっておめでたいやつらだぜ。
お前たちはそんなことで神への務めが果たせると思っているのか?
お前たちの神への務めは何だ?
オレはごめんだぜ、あいつ一人に手柄を持っていかれるなんてのはな」

「ならば、お前の神への務めとは何なのだ?」
ジャワリの愚痴を聞いて、リドワンが言い返した。

ジャワリは信じられない、という顔でリドワンを見た。
「決まっているじゃないか。殉教だよ。
お前たちは違うのか?」

それを聞いたら、リドワンもアリーも何も言えなくなってしまった。

ジャワリはそんな二人に呆れたように首を振りつつ、
ボストンバッグに自分の分のAKと弾倉を突っ込むと、
一人で隠れ家を出て行った。

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