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■2021年12月14日:スパイ小説の世界へようこそ U- 10

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五十男とコニーが、ステート・タワーの偵察から帰ってきた後、
プーからメールで、手配済みだからステート・タワーに前泊してくれ、
とのメッセージが入っていた。

そこで二人は、再びステート・タワーに向かい、ロビーで名前を告げると、
ボーイからご予約を承っております、と言われた。
は、手回しの良いことだ。

二人がチェックインしたのは、52FのRiver View Suiteで、
バスルームを挟んでリビングとベッド・ルームがあり、
ベッド・ルームが窓側で、ダブル・ベッドだった。
テラスからダウンタウンを見下ろせた。

普通、ホテルの窓というのは、開かないようになっている。
自殺防止のためだ。
ホテルだって、敷地の脇で汚い仏など発見したくないだろう。
だが、このホテルは違った。
高層からの眺望が売りの一つになっているのだから、
テラスに出られなければ、意味がない。

「これも役得ってところかしらね」

眼下の景色を見下ろしながら、艶やかな瞳でコニーがそうつぶやいた。

「まあね。楽しませてもらうさ」

とはいえ、作戦は実施段階に入っている。
五十男は内心では緊張していた。

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彼は、シンガポールにいる養子である息子、ノトに
NIAから借りている衛星通信携帯電話で電話した。
任務前の儀式のようなものだ。

「やあ、お父さんだけど」

「あ、お父さん!?」
息子が答える。

「お母さんよ!」
コニーがノトに聞こえるようにどなる。

「お父さんどこにいるの?」

「うん?タイだけどね」
息子に対する恥じらいで冷や汗をかいている五十男は言った。

「ぼくに電話してくるってことは、これから何かしようとしているってことだよね!」

息子も学んできたようだ。

「うん、まあね。そうなんだけどね。
お前の奥さんや孫の様子はどうかと思ってね」

「二人とも元気だよ!」

「そうか。それはよかった」

「自慢の息子さんね」

息子との短い会話を終えて、電話を切った五十男にコニーが言った。

そうかもしれない。
ノトと話をすると、いつもマフアンを思い出す。
そんな心地を味わいたいがために息子に電話しているのかもしれない。


一方、プーとNIAの解析チームは、
問題の街区の空き部屋のうち、最近契約済みのアパートや、
交渉中のものはないと既につかんでいた。

そこで、通信・信号分析チームが、Wi-Fiを始め携帯電話などの通信傍受を行っていた。
その結果、23日の夜、ステート・タワーのちょうど目の前に位置するタウン・ハウスから、
ステート・タワーの受付に宛てた電話記録を発見した。

ステート・タワーの窓口担当に確認したところ、予約の電話だったとのことだが、
担当者は満席だと断ったらしい。

しかも、そのタウン・ハウスは、現在は無人のはずの物件だった。


プーはアドゥルに報告し、アドゥルはアメリカに最新の衛星画像の解析を依頼した。
すぐに回答があって、22日に衛星が付近の上空を通過した際の記録では、
該当の家屋の赤外線解析の結果、4、ないし5つの輝点が認められたとのこと。


プーはアドゥルの権限で、ロッブリー県のナライ王基地に駐屯する、
陸軍特殊作戦群から、特殊部隊を2チーム借り受けていた。
彼らは、2台の黒塗りのバンに分乗して、王宮付近で待機していた。
ここなら、警備兵(弾倉の嵌っていないG3小銃を装備している)もいるから、
遠目にはそれほど目立たない。

タイの特殊部隊チームは、1チームあたり6名の黒装束の隊員がバンに乗り込み、
H&K UMPサブマシンガンと、USP(Universal self-loading pistol)で武装していた。

24日、アドゥルは軍を通して、2チームに出動を命じた。
2つのチームは、チャルン・クルン通りの表通りと、
裏通りであるチャルン・クルン 42通りの両面から、問題の家屋に突入した。

正午を少し過ぎていた。


タイの陸軍特殊作戦群の多くの隊員は、ヘリボーン作戦の訓練を受けており、
ヘリコプターから懸垂降下させてもよかったが、
人目につかないように実施したかった。

建物は典型的なタウンハウスで、
石造りの建物は古く、どう見ても警備装置など備えていないように見えたが、
チャルン・クルン通りに面した方の表玄関には、表札にSECOMのステッカーが貼ってあった。

仮にも表向きは宝石を扱う店舗だ。
内部警報装置があると考えられた。

プーはその道の専門家も派遣しており、
彼が機器を使って警報装置の無効化を試みるのに、多少の時間が必要だった。

特殊作戦群のチームは、表裏双方の戸口の前で、
内部の様子に聞き耳を立てた。
エアコンの室外機の立てる低い騒音以外、何も聞こえなかった。

彼らは互いにうなずきあってから、
一人の隊員がショット・ガンで鍵の部分を撃ち破り、
脇に立った隊員が足で戸を蹴り開けてから、
フラッシュバン(特殊音響閃光弾)を内部に向かって放った。

フラッシュバンの炸裂を待ってから、一斉に各隊員が、
UMPを構えて内部に突入した。


1Fには誰もいなかった。
2Fに上がる階段があり、隊員たちが殺到した。
階段は2名が並べるだけの幅があり、
最初の6名が間隔を開けて2Fに登って行った。

と、2Fに達する前に、上方から銃弾が降り注いだ。
部屋の側に位置していた隊員が、銃弾を受けてもんどりうって倒れた。
が、間隔が空いていたので、後方に控える隊員にはぶつからなかった。

撃たれた隊員の隣にいた隊員が、
即座に銃弾が飛んできた方向に向かって応射した。
2列目の隊員も、1列目の隊員は中腰姿勢であったため、
同時に反撃できた。

さらに、3列目の隊員2名が、2名とも上階に向かって
破砕手榴弾を放った。

6名全員が伏せる。
負傷した隊員は、隣にいた隊員がうつ伏せにした。


爆発音のあと、1名の隊員が負傷者の手当てに残り、
(AKS-74Uの小口径弾は彼らのボディ・アーマーを貫通しなかったので、
命に別条はなかった)
残りの5名がUMPを構えて階段を登り切り、2Fに踏み込んだ。

2名のアラブの狂信の徒が死んでいた。
二人とも、手榴弾の破片が致命傷になっていた。

数十秒ほどの出来事だった。


プーは報告を聞いて、衛星通信携帯電話で五十男に連絡を入れた。

五十男とコニーは、M階にあるプールを前にしたカフェ「Mozu」で昼食を摂っていた。


「例のアパートは一網打尽にしましたよ。
2名のテロリストを排除。
風呂場に死体が1体。
この死体については調査中です。
他に、セムテックスが10キロほど。

こちらは、敵の銃弾で1名が負傷。
但し、命に別状ありません」

五十男はこれで終わりではないと知りつつ、尋ねた。

「良かったな。一件落着か?」

「まだです。死体の人物については詳細不明ですが、
10キロ近いセムテックスは段ボールに入っていて、
切り取られた形跡があります。
残りは建物内に見つかりませんでしたから、
まだ他にも危険分子がいて、そいつは目下移動中と思われます。

ステート・タワーが危ない。
アメリカからの情報では、赤外線解析にて、建物内に
4〜5の輝点があったとのことですので、4つとして、
あと一人は生き残っていることになります」

「あるいは、あと二人か、だろ?」

「それはわかりません。
衛星画像も、精度的に絶対、というわけではないですから。

ただ、仮に二人生き残っていたとしても、ともに行動していると思いませんか?」

「確かに。分離する理由はないな」

「ただちに捜索してください。

黒ずくめの特殊部隊員をホテルに送り込むわけにはいきませんから、
そちらにはゴドフロアを行かせています。
衛星通信携帯電話を手放さないように」


「物騒ね。テロリストだなんて」
コニーがため息をついて言った。

「ああ。しかし、仕方がない、行こう」

「あなた、わたしを守ってね」

「もちろんさ」
そう言って、五十男はもはやお約束となった、
レストランのフォークとナイフを数本くすねて、鞄に入れた。

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