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■2022年4月13日:スパイ小説の世界へようこそ V-10

16

ハフェズは無線交信した内容を書き取った紙を見て、目を疑った。
近いことを予想はしていたが、それでも想像と実際に司令されるのとは違う。

ムラトが部屋に入ってきて、ハフェズの背中を見ると、動きを止めた。
部屋の半ばあたりからハフェズに声を掛けた。

「イマームと交信したのか?」

ハフェズは黙って振り返らず、通信文だけを腕を後ろにやってムラトに渡した。

そこには、こう書かれてあった。
「侵攻する地点が決まったら知らせよ」

「これはイマームから?」
ムラトが訊いた。

ハフェズが答えて言った。
「アダウラ経由でな」

「ハフェズ、こんなことはバカげている。
成功するわけがない。
第一、こんなことをする価値がない」

「価値はあるさ。
指令が発せられたんだ。
あきらめるしかないな。
すべては、二人のバカ者どもが種をまいてしまったのさ」

「まだあきらめる必要はない。
あの二人を殺してしまえばいいんだ」

「もう少し早く言ってほしかったな。
もう遅いよ」
そう言ってハフェズは戸口の方を親指で指し示した。


ーがホークを連れてやってきた。
予期していたことだった。

「話は聞いていると思うが」
ーが言った。

「そのことなんだが・・・」
ハフェズは言いよどんだ。

「なんだ?」

「なんというか、今回の計画はオマルとハキムが早まったんだ」

「というと・・・?」

ハフェズには分かっていた。
茶を濁すようなことを言っても、かえってISの面子を潰すことになるだけだ。
彼は覚悟を決めた。

「すまん、まだ準備が万全ではない、と言おうとしただけだ。
ムラトのライフルの零点規正ができていなくてね」

ホークが心笑顔で言った。
「そのことなら、どっちみち上陸訓練が必要なんだ。
そのときにやればいい」


今度はハフェズが質問する番だった。

「あんたたちの計画は?」

「あんた達は全員が参加するんだろう?」

「そう見てもらって構わない」

「オレたちは、オレとあと5人のメンバーが参加する。
オレたちは2艘の漁船を用意した。
各々6人の隊員と武器を積んでも楽勝で乗れる。

我々が想定している上陸地点は岩場だ。
観光地の砂浜から上陸するバカはいないからな。

トラン(トラン県。アンダマン海側のタイの県)の半島の先端の港を使うが、
あの辺は岩礁が豊富にあってね。そこで上陸訓練だ」

「プーは行かないのか?」

ホークが笑って答えた。
「彼はここのメンバーの元締めだ。
彼は残る」

「わかった。
ところで、その上陸地点を選んだ理由は何だ?」

「恰好の場所だからさ。リゾートの手前に森が茂った無人島があるんだ。
そこからリゾートの様子を観察できる」
ホークがさらりと答えた。


「時間枠はどのように考えている?」
ムラトが訊いた。
さすがに実際的な質問だ。

「トランの南の港から、プーケットまでは半日くらいだ。
オレたちの漁船は改造してあってね。
スピード・ボート並みのスピードが出るんだ。
夕方出発し、夜半に小島に上陸する。
襲撃するのは夜中だな」

「目標は何なのだ?」

ホークがにやりとして答えた。
「リゾートさ。
そこをできれば無傷で占領して司令部にする」

さらにホークが言った。
「トランには前日に移動して、日中、夜間と2度にわたって上陸訓練をする。
あんたたちは暗視照準器は持っているか?」

「もちろん」

「じゃあ、決まりだ。
一両日中に出発する。
恋人に別れを告げておけよ」

またにやりと笑みを浮かべた。

「待て。
先遣隊とやらはどうしたのだ?」

「もう戻ってきているよ」

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タイ南部トラン県の沖合には、大小様々な群島があった。
彼らはヨンスター岬から、夜半にあらかじめ2艘の漁船の船倉に
防水ケースに入れた装備を積んでおき、
さらに翌日、何食わぬ顔で揃ってボートに乗り組んで出発した。

1時間ほど沖に出ると、なるほど大小様々な小島があって、
彼らはそのうちのひとつに、岩場で足を滑らせぬよう慎重に、
防水ケースごと武器の積み下ろし訓練をした。

PULOのメンバーはさすがに訓練していると見え、
難なくこなしていた。

そこで、彼らはPULOのメンバーに先に上陸してもらい、
装備の運び入れは彼らに引き受けてもらう形を取ることにした。


その訓練を終わると、彼らはさらにもう少し沖に出た。
そこにはコ・ベンとコ・トゥクンペーと呼ばれる直径200mと100mほどの
小さな無人島があり、ISのグループはトゥクンペーの方に、
PULOのグループはコ・ベンに上陸し、ISのグループが標的を立て、
トゥクンペーに上陸したムラトにここでドラグノフの零点規正を行え、と言ってきた。

「とんでもないことを言いやがる」

ぶつくさいいながらムラトはドラグノフを防水ケースから出し、
岩場に横たわって2脚に銃身を載せた。

ホークはさらに恐ろしいことを伝えてきた。

「さっさと終わらせないと、海の藻屑と消えるぞ」

「なぜだ?」

ホークが、何も知らないのか、とからかう口調をにじませムラトに言う。
「そこはなぜ岩場なのだと思う?」

「さてね。なぜなんだ?」

「潮が満ちてきたら波がその島を洗うからさ。
そうでなければ、土があり、植物が育つ」

ホークは驚愕しながらもレンジファインダーを使って距離を測定した。
611mだった。
海上も海上、大海原なので、ものすごい風が吹いている。
こんなところで銃の調整をしろという方がおかしいが、彼はプロだった。

美しい海だった。ムラトの他のメンバーは、そこの景色に圧倒されていた。
文字通り絶景である。
水面上から水中を泳ぐ大型の魚を見ることができた。
一度などは、エイが泳いでいた。

ドラグノフの咆哮が何もない大海原に鳴り響いた。
彼はサプレッサーも持っていたが、つけていなかった。
こんな海の孤島で、誰が聞いている?

ムラトは3度目で木の標的を打ち倒した。
最終的に、弾倉2個分の弾薬を使って、彼は調整を終えた。

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夜、彼らは再び海上に出て、上陸訓練を行った。
さすがに昼間と夜ではまったく勝手が異なり、
オマルが岩場で足を滑らし、海に落ちた。

彼自身はアサドとウサマに引き上げられたが、
防水ケースに入った装備が一袋、波間に消えた。

やむを得ぬ損失だ。
装備はこういうことのために余計に持ってきている。

夜間は、さすがにドラグノフの試射は行わなかった。

彼らは陸上に引き上げると、この晩は港付近の農場の裏手で野宿した。
明日は決行だ。もう宿に泊まる必要はない。

17

その晩の通信文には、翌日にも陸伝いにプーケットに入るよう、指示されていた。
また5〜6時間の旅だ。

ヌラディンはバスの時間を見るために、バスターミナルに寄ってから、
この晩はまた海軍空港近くのバー、「ワイオミング・パブ」に行ってみた。
大勢の客で賑わう店で、地元の漁師なんかもよく飲みに来ている。

これまた地元の女の子が、少しだけセクシーな私服姿で客に酌をしている。

ヌラディンもあえて信義にこだわらず、かわいい店員に茶を注いでもらって、
客層を眺めながら野外席でゆっくりアイスティーを飲んでいた。

「ほんとかい?」

「ああ、こんなことは生まれて初めてだったけどな」

「車がパンクした音じゃなかったのか?」

「海の上を車が走るかよ!」

「ははは、ちげえねえ」

「あれは間違いなく、銃の音だ。
それも、オレは前にクンテープ
(バンコクのこと。日本をJAPANというのと同じで、バンコクをタイ語ではこう呼ぶ)の
デモを見物にいったときに、ピストルの音を聞いてるけどよ、
あれはそんなもんじゃねえ。
海の上で聞こえたんだから、大砲か何かだったろうよ」

きっとそれはドラグノフだったろう、とヌラディンは思った。
この辺の陸地で試射をするわけにはいかないから、
ムラトが海上に出て零点規正をしたのだろう。
掟破りだが、この地でテロをもくろむなら、そのくらいの絡め手は必要だ。

自身、優れた爆弾の使い手であるヌラディンには、
その手のことがよくわかった。
狙撃手も爆弾魔も、ある種の共通点がある。

とはいえ、この情報をどう伝えるか。
もう今夜は投函所に行ってきている。
もう一度投函して、運が良ければ明日、彼がプーケットに到着するころには、
アドゥルたちの耳にも届くだろう。

ヌラディンはその晩、再度投函所にメッセージを残した。
バーで耳にした出来事のほかに、彼用に爆薬も準備してくれるように書き添えておいた。

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翌日、朝早く彼は荷物をまとめると宿を出て、
バス乗り場に向かった。

8時にはもうバスに乗っていた。
頭の中では、ハフェズやムラトはどんな戦術を用意しているのだろう、
と考えていた。

18

彼らを乗せた漁船は、18時に出発した。
静かな夕暮れだったが、何組かのアベックが日暮れを見に来ていた。
タイ人・アラブ人の混成の上、漁師以外、こんな時間に海に出ていく船はいないが、
ホークたちはサッカーチームの懇親会で、
これから海上パーティなんだ、と笑って言って回った。
怪しんだ者はいなかったようだった。


ハフェズは出発する前、アダウラと無線交信して、
アダウラの指示で無線機は処分した。
万一の際、無線機を証拠として残すのはリスクが大きいからだ。


海上を進む間、彼らは思い思いに過ごした。
ハフェズは進行方向を、ムラトは去っていく陸地を見ていた。
その脇に、ホークが無言で近寄った。

「緊張しているな」

「まあな」

「あんたは狙撃手だ。精神を集中させる必要があるのかもしれないな」

「それほどでもない。
昨日の訓練であんたの方のメンバーも信頼できることがわかった。
いつもよりリラックスしているさ」

ホークはしばらくムラト見つめていた。

「嫌味じゃないんだが、故郷(くに)の方じゃ、何人も殺したんだろうな」

「まあね。あんたよりは経験豊富だと思うよ。
ただ、海上となると勝手が違う。
今回はあんたたちにリードしてもらいたいね」


彼らを乗せた漁船は、予定通り24時少し前に、目的地に近づいた。
そこはコ・カラという無人島で、ほとんど陸地と繋がっており、
浅瀬なので陸側とは徒歩でも行き来でき、
島の内陸は森が茂っていた。

彼らは島の沖側に上陸した。
上陸は、訓練の成果あってひとつのミスも犯さずに完了した。

上陸すると、ハフェズのグループも、ホークのグループも、しばらく動きを止めて
様子をうかがった。

鳥を驚かせた騒音以外に、島に物音はなかった。
全員が集まって円座になった。

「ここを前進基地にする」

ホークが言い、全員がうなずいた。

「負傷したり、作戦に失敗した場合でも、
生き残った者はここに集合し、今乗ってきた漁船で撤退する」

ハフェズはそんなたわ言は信用していなかったが、差し当って答えた。
「了解した」

「よし、それじゃみんな装備の点検だ」

彼らは各々防水バッグを開いて、それぞれの装備を身に着けた。
アサドとウサマは、RPG-7を持ってきていた。

ISのメンバーは、互いに相手の装備の点検を行い、
見ていたPULOのメンバーも真似して同じことを始めたので、
ムラトは思わずホークに笑みを向けた。
みろよ、オレたちの方が実戦慣れしているぜ。

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突然ハキムが叫び声をあげた。

「どうした?」

駆け寄ろうとしたハフェズの腕を、PULOのメンバーの一人がつかんだ。

「蛇に噛まれました」
ハキムが悲鳴を上げながら言った。
なるほど、確かに彼の足首に毒々しい蛇が噛みついている。

ムラトがPBを引っ張り出して、蛇の頭を打ちぬいた。

「ウミヘビだ。無理だ。助からない」
ハフェズの腕をつかんでいたPULOの隊員が言った。

ムラトが手に持ったPBをハキムの頭に向けた。
ハキムが弱々しい目を向けてくる。

ムラトは発砲した。

重苦しい沈黙が立ち込めた。

ホークが言った。
「死体を隠したら、出発しよう」

彼らはISもPULOもなく穴を掘って、ハキムの死体を埋めた。
何人もいたので、すぐに済んだ。

前進し、森の際までたどり着くと、向こうにリゾートの灯りが見えた。

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