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■2022年4月6日:スパイ小説の世界へようこそ V-9

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そこはただの民家に見えた。

NIAはよほど急いでいたと見え、
プーから連絡があったとき、トンローまで迎えに行くとのことだった。
五十男が家を出てトンロー通りに出ると、すぐに高級車の迎えが来た。

車に乗り込むと、そのままニューペッブリー通りに出て左折し、
さらにUターンして反対車線に移ると、この民家の前で降ろされた。

五十男はしばらくそのタウンハウス風の建物を見上げていたが、
どう見ても普通のアパートだ。

あきらめて首を振りつつ戸を開けて中に入った。

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中に入るとすぐに階段があって、登っていき3階の踊り場に達したところで、
建物側の戸が開いてプーが出迎えた。

「階段を上る足音がしたので開けてみました」
プーが弁解した。

「いや、まあ、いいよ。
今日はお前だけか?」

プーはそれには答えず黙って五十男を中に招き入れると、狭い部屋にアドゥルもいた。

席についてコーヒーが出されると、五十男が訊いた。

「最近は民間人ブームですか?」

アドゥルが不思議そうな顔をした。

「前回といい、今回といい、最近はそういう趣向なのかと思って」

「どちらも職員の住まいだよ。
ことわってその日だけ借りているんだ」

アドゥルがあまりにあっさり答えたので、五十男は面食らった。


「また進展があったのですか?」

五十男はアドゥルに調子を狂わされないように、次の疑問を口にした。

「うん。事態は急展開した。
今日ヌラディン君から新たな連絡があって、
PULOとISの混成部隊がプーケットに向けて進発するらしい」

アドゥルが報告した。

「それはまた素早い」

「具体的にプーケットのどこ、という話はまだ分からないんだ。
しかし、ヌラディン君の情報を信ずるならば、敵は6人のチーム2個で、
そう、文字通りプーケットに侵攻するか、しようとしているらしい」

「それで、我々はどんな手を打つのですか?」

「既にナライ王基地の特殊作戦群に出動依頼をした。
こちらは12人のチームを2個チーム、派遣する。
ゴドフロアにも支援を要請した。
きみとコニー君にも参加をお願いしたい」

五十男はまた不愉快な感情が沸き上がるのを感じた。

「なんでまたコニーなんです?」

アドゥルは例のいつもの、算数ができない生徒を見る教師のような目つきになった。

「プーケットは、民家があるのはみな内陸部だ。
武器をもって飛行機に乗れるわけはないから、
彼らは海路上陸するだろう。

そうすると、最初に遭遇、というか処理しなければならないのは、海辺のリゾートだよ。
であれば、きみたちカップルは格好の偵察員だ。
半分休暇みたいなものだから、コニー君も喜ぶのではないかね?
もちろん、謝礼は二人分払うよ」

五十男はうんざりしたが、感情は抑え込んだ。
自分の意向など関係がないところまで来ていた。
指示に従う習性が沁みついている。

「それはそれとして、連中がどこに上陸するのか、どうやって調べるのですか?」

「目下衛星で注視している」

15

現場は騒然としていた。
司令部は作戦会議室と化し、ロッブリーの
ナライ王基地の第一特殊作戦師団の参加メンバーたちは、
猛烈な勢いで武器その他の装備を準備していた。

彼らは黒装束で、武器は基本的にはMP-5サブマシンガンかM-4カービンで、
2名のショットガン射手の他に、狙撃手も2名ほどいるようだった。
彼らの武器はSR-25だった
(ナイツアーマメント社製のM-16をベースとした、セミオートマチック狙撃銃)。
みな拳銃はヘッケラー&コッホ USPをレッグ・ホルスターに収めていた。
彼らは、あらゆる射程に対応できるようにしているようだった。

このニンジャ集団を目にして、こんなのが24人もいたら、
ISだかPULOの半端なテロリストには、とても勝ち目はないのではないかと、五十男は思った。


「立てこもる側には、地の利があるものなのさ」
五十男の考えを見透かしたような声が聞こえた。

「ゴドフロア!」

相手も、「オオシマ」と言って応じる。
二人は何度か仕事を一緒にして、親交を深めてきた。
中でも、前回の作戦では五十男は彼に命を救ってもらっていた。

「あんたも参加するのか?」
五十男が聞いた。

ゴドフロアも黒装束だったからだ。
「ああ、そうらしい」

相変わらず口数の少ない男だ。

「こんなにしょっちゅうタイまで呼び出されてちゃ、たまらないんじゃないのか?」
そういって茶化した。

「いや、実はタイが気に入ってね。
あれからずっとここにいたんだ」

「なんだ、そうだったのか」


五十男は会議室に案内された。

アドゥルとプーも既にそこにいた。

「まだ具体的にどこに上陸するかは分かっていないんでしょう?」

「そうだね。
そして救いなのは、まだ上陸はしていないと想定される点だ。
まだどこのリゾートからも、救助要請は届いていない」

「それはまず何よりですね」

「今回は念のためだ。君もピストルぐらい持つといい」

そういってアドゥルは、ヌラディンに与えたのと同じ、
GLOCK 26を予備弾倉とサムブレイクホルスター
(親指で簡単に銃のロックを外せるホルスター。秘匿携帯に役立つ)と一緒に渡した。

「きみはスパイだからね。銃も隠し持った方がいいだろう」
そう言ってクスクス笑った。

五十男には、この期に及んでこの男にはどこにこんな余裕があるのだろうと訝しんだ。
それとも、既に緊張に耐えられず、壊れているのか。

「ヌラディンはどうするのですか?」

「彼は陸路でプーケットに来る。
彼の心配はしなくていい」


海上をボートなりで侵攻してくる敵を迎え撃つのは難しい。
海面はレーダー波を反射するため対艦ミサイルでもない限り
ミサイルの類は使えないので、銃撃で阻止するしかないが、
完全武装の兵士たちがいきなりリゾートに突入したら、とんでもない騒ぎになるだろう。
だから、敵がどこに上陸するのか予想がついた段階で、チームを送り込むのだ。

五十男がそんなことを考えながら突っ立っていると、アドゥルがまた言った。

「そんなことより、きみはそろそろ奥方を迎えに行った方がいい。
君が戻るころには、敵の上陸地点もはっきりするだろう」

「私たちはどうやってプーケットへ?」

「ヘリだよ」

「え、ヘリで?」

「そうだよ」

「プーケットまでヘリコプターで行かれるんですか?航続距離は?」

アドゥルがあきれたように答えた。

「何を言っているんだね、きみ。
ブラック・ホークなら1,000kmぐらい普通に飛べるよ。
ダウンしなければね。はははは」

アドゥルは自分のブラックジョークに自分で笑って言った。

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家へはNIAの車で送ってもらったが、その車は彼を降ろすとそのまま走り去った。

五十男は家に帰ると、まず寄ってきたマリーをはたいて撤退させ、
コニーを見つけると言った。

「出番だよ。支度してくれ」

「???」

コニーは本当にそんな感じの困惑を浮かべた。

「任務でプーケットのリゾートに行くんだ。着替えてくれないかな」

「プーケットのどのリゾート?」

「それはまだわからない。
危険もあるかもしれないが、屈強な特殊部隊チームが同行するから、心配ない」

コニーは目を輝かせた。

「それなら、若い男を誘惑できるかもしれないわね」

「急いでいるんだよ!」
五十男はコニーの尻を叩いて寝室に押しやった。

「あなた、すぐ帰るわけではないんでしょう?」

「そうだよ、何で?」

「マリーはどうするの?」

・・・そうだ。忘れていた。
五十男はいつも使っている動物病院に電話して、
急いでマリーを引き取りに来てくれ、と頼んだ。


30分ほどして、五十男が腕時計を見ながら待っていると、
コニーが寝室から出てきた。

彼女は真ピンクのシルクの長いドレスを来ていた。
背中にはほとんど布地がなく、ウェストのところでようやく前に達し、
胸の前で交差して、首の後ろで結ばれていた。
シルク地なので、窓越しに入る日光を反射して布地が光っていた。

ハンドバッグはルイ・ヴィトンで、アイシャドウもピンクだった。

その姿は畏怖べき威容を放っていた。
これで背中に羽が生えていたら、まるでサキュバスだ。

彼女を五十男を見るとにこっとした。

五十男が口がきけないでいると、
彼の衛星携帯電話が鋭く鳴り出した。


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