■2021年12月28日:スパイ小説の世界へようこそ U- 12
15
事件から3日後、五十男はプーに呼び出されて、
いつものようにNIAの隠れ家でアドゥルとプーからデブリーフィングを受けた。
「拘束したヌラディンから聞いて、いろいろわかったことがあるんだ。
ゴドフロアに撃たれた傷も大したことはなかった」
アドゥルはそう切り出した。
「拝聴しましょう」
五十男が答える。
「まず、タウンハウスで死体になっていた男は、あそこの家主だった。
もちろんISの細胞だったわけだが、ヌラディンが殺したのだそうだ。
情報漏洩になるようなことをしたらしいよ」
なるほど。
「他の3人は、ただの下っ端で、今回が初の作戦だったらしい」
再びなるほど、だ。
「あそこの地主はシロだったのですか?」
「うん。一般のタイ市民で、ISとはまったくの無関係だ」
「それは良かったですね」
「もうひとつわかったことがあってね。
裏には黒幕というか、アル・アフダルというものがいるらしい」
アドゥルが続けた。
「何者ですか、それは」
「あまり知られていないのだが、ISの幹部の一人だ。
それと、ヌラディンの直属の上司はアダウラというらしい。
この男は、いわば現場指揮官、中隊長のような立場だ」
「へぇ。
敵も層が厚いですね。
悪の首領が健在では、戦いも終わらない」
「だが、朗報もあるんだ」
「何でしょう」
「どうやらヌラディンは、こちら側に鞍替えするつもりらしいんだよ」
一瞬五十男は、呑み込めなかった。
「どういうことですか?
彼は仏教徒にでもなると?」
「改宗するとは言っていないよ。
我々も勧めたりはしていない。
単に、こちら側に立って戦う、と言っているだけだよ」
「何で彼は寝返る気になったんですか?」
「彼はどうも、自分はアル・アフダルらにはめられたと考えているらしいんだ。
捨て駒に使われたとね」
「ほう。何のために使い捨てにされたんでしょうね?」
「それは彼にもわからないらしい。
ただ、彼のような根は誠実な人間にとっては、面白くなかったんだろうね」
「あなたは彼に何と言って勧誘したんですか?」
アドゥルは笑って答えた。
「なに、給料を払うから我々のために働く気はないか、
と言っただけだよ。
きみのときと一緒だよ」
それを言われては五十男も言葉がなかった。
「ずっと留置所で腐らせておくつもりかと思っていましたよ」
「いやいや、そういう処置を採るにはおしい人材だよ、彼は。
傷が回復したら、
今後、きみも彼と仕事をすることがあるかもしれない。
そのときはよろしく頼むよ」
エピローグ
今回の件のあと、五十男とコニーは、シンガポールのコニーの実家を訪ねた。
年末年始を過ごすためだ。
宿泊は、コニーの両親の勧めで、彼女の実家である
イーシュンのコンドミニアムに宿泊した。
コンドミニアムだが、彼女の両親の家はいわば2ベッド・ルームで、
2世帯住宅のような造りになっている。
不自由はなかった。
シンガポールも、西暦の新年とはいえ、華僑の人々も
独特の方法で祝い事を行う習慣があり、
変わった祝賀行事が至る所で行われていた。
アドゥルとの一部始終は、既にコニーに話してあった。
「まあ、わたしのだんなさまも大変ね」
「味方が増えたんだからいいけどね」
「彼は本当に信用できるのかしら?」
「わからない。それは今後次第さ」
コンドミニアムは、プールも備え付けてあって、
日本なら冬のこの季節、二人は水泳を楽しんだ。
五十男も何年も日本の実家に帰っていないが、
彼はときおり両親とはビデオ通話するなどして、
彼なりに親孝行していた。
これからの作戦を考えて、彼も水泳でもして少し体を鍛えておくことにした。
二人がシンガポールに滞在したのは10日ほどだったが、
毎日コニーの実家に居たのでは、彼らもコニーの両親も息苦しい。
年が明けてから、五十男とコニーはコニーの実家を抜け出して、
パン・パシフィックに1泊した。
コニーの古巣のパシフィック・クラブにも顔を出した。
二人は歓声で迎えられたが、
コニーの元同僚のウェイトレスからは、自分たちより先に嫁入りしてしまった
コニーは妬まれて、ふざけて肘鉄されたりしていた。
ひとしきり歓待を受けた後、二人は自室に引き揚げた。
ベッドで並んで寝ながら、コニーはクスクス笑っていた。
「どうしたの?
久しぶりに実家に帰ってきたから、頭がおかしくなった?」
五十男がコニーに訊いた。
「まさか。
幸せなだけよ」
五十男は何も返せなかった。
男は、幸せというものを明確に感じるのが難しい生き物だ思っている。
しかし今、コニーからそんなセリフを聞いて、
自分が他人に及ぼしている影響考え、感無量だった。
多分、この気持ちが幸せというやつなのだろう。
「あなたはどうなの?
わたしと結婚して幸せ?」
「え?も、もちろん幸せだよ」
意表をついた質問をされて困ったが、五十男はなんとか咄嗟に答えた。
しかし、こんな器量よしと結婚出来て幸せでない男がいるわけがない。
コニーが満足そうな笑みを浮かべる。
「それで、わたしたちの子供はどうするの?」
「作ればいい」
「あなたは、仕事が多忙で子育てがおろそかになるんじゃないかって、
心配していたんじゃないの?」
「まあね」
「それについて、今はどんな予想をお持ち?」
「前と変わらない」
コニーはため息をついた。
「亡くなった奥さんの苦労がわかるような気がするわ」
「マフアンの生前はこんな仕事はしていなかった」
「そうじゃないわよ。
あなたは何かに夢中になると、わき目も振らなくなっちゃうのよ」
そういって、コニーは五十男の胸に指を這わせた。
「そうかな」
「そうよ。
前の奥さんには優しくしてあげたの?」
「もちろん」
「わたしが違和感を感じるということは、
多分そこには認識のズレがあるわ」
「そんなことはないと思うけどな」
「そう言う時点でズレているのよ。
女が感じることは違う」
「つまり、きみから見て僕は優しくない?」
「結婚した当時はとても優しい人だと感じたわ。
でもあなたもわかっていると思うけど、結婚後の減退著しいわね。
あなたはあくまで仕事一途」
五十男は黙ったままだった。
「自分で気が付かないことがたくさんあるんだから、
せめて妻の言うことくらい聞きなさい」
五十男はまだ黙っていた。
コニーがマフアンとまったく同じことを言ったからだ。
そういえば、両親にも言われたかもしれない。
今、五十男はマフアンにもそう言われた、ということは
コニーに対して黙っていた。
そしてそのことは、自分の弱さだと理解した。
「お返事は?」
「・・・わかったよ」
五十男はしぶしぶそう答えた。
コニーがくすっと笑った。
五十男の頬にキスをして言う。
「それじゃ、今日は次のレッスンね」
そう言ったコニーの目は、ナイトランプの明りを反射して赤く輝いていた。
五十男はゾクッとした。
魂を抜かれたような心地になった。
あとがき
五十男シリーズ、第2弾をお届けする。
いかがだったか、と問うのもおこがましいが、
またまた実はの話で、
今作は第1作のあと、ほとんど続けて書いてしまっていたのだが、
ステートタワーの内部が舞台となるクライマックスの部分だけ、
取材が必要なため、数か月放置していた。(笑
それで、6月か7月に行こうとして、6月の中旬に
事前にステートタワーのwebsiteで調査した段階で、
6月は×印になっていて、7月は予約可能になっていたのだが、
ホテルを予約してシロッコが開いていなかったりしたらバカなので、
事前に電話して聞いてみた。
その結果、ホテルもレストランも閉まっていて、再オープンの目途も経っていないとのこと。
危ないところだった。
そのため、本編のステートタワーでのアクション部分は、
かなりの想像を含む。
その点を考慮の上で読んでいただければと思う。
そして、最後の部分は、ああいう終わらせ方をしてしまったので、
第3作も、書く気はあるのだがまだまだ構想段階である。
今後の五十男の活躍の舞台としては、
まあ〜〜〜や××等があるのだが、
場所によっては、やはり取材をしないと書けない。
それで悩んでいるところで、まだいつ掲載できるかわからないが、
ご期待いただければ幸甚である。
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