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■2021年7月12日:スパイ小説の世界へようこそ 14

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翌、水曜日、五十男は朝の便でバンコクを発った。

今度もNIAの手配による航空便で、またシンガポール航空だったが、
今度はエコノミーだった。

五十男にはこの辺に、NIAの微妙な思惑が見え隠れしているように見えた。

まったく・・・雇い主とはいえ、面倒なやつらだ。

この日は、翌木曜日がコニーは仕事が休みのはずなので、
夜はコニーに会いに行きたかった。

そこで、シンガポールに到着してすぐ、五十男は借りた衛星通信電話を使って、
店主に昼のうちから会いに来てくれないかと頼んだ。

「で、どこに行けばいいんだい?」

「マンダリン・オーチャードだ」

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マンダリン・オーチャードは、その名の通りオーチャード・ロードのど真ん中にある。
ここの中華料理店「四川飯店」は、シンガポールでも屈指の名店だ。

宿泊客は、割引も受けられる。

今日は、ここで店主にランチを振舞うつもりだった。


会うなり、店主は言った。

「こんなすごい店でご馳走してくれるなんて、大盤振る舞いじゃないか」

「そうだろ?ここのチャーハンもラーメンも最高だぞ」

店主は、満面に笑みを浮かべている。
まるで太陽のようだ。

「何だよ?」

「あんたの彼女のコニーちゃんな、調べといたが、
 彼女は白だ」

良かった。
五十男はたとえようもない安堵を覚えた。

「おー、おー、幸せそうな顔しやがって!」

「そうかな」

「この、果報者!」


食事のあと、二人は仕事の話に移った。

「タイを出る時点では、ターゲットの情報を聞いていないのだが」

「ああ、もう来てるぜ。
名前はゼンギ(十字軍時代のセルジューク・トルコの武将)。」

またか。
いい加減、そういう舞台効果を狙った演出は勘弁してほしいものだ。

「そいつは何者なんだ?」

「爆弾魔で、古今東西一級の、筋金入りの悪党だ」

「それで、そいつが何をすると?」

「マリーナ・ベイ・サンズに爆弾を仕掛けて、
ビルの上に載ってるプール部分を月まで吹っ飛ばすんだとよ」

「で、それはいつやるんだって?」

「一両日中だ」

「なんだって!?」

コニーとのデートが台無しだ。

「な、驚きだろ。早すぎるんだよ」

「どうやってやるんだ?」

「恐らくセムテックス(チェコ製のプラスチック爆弾)だろう。
鞄いっぱい分あれば、倒壊させる分には十分だ」

「その情報はどこから入手したんだ?」

「ここはシンガポールだぜ。
うちの方の諜報員の情報収集の成果よ」

なるほど。してオレの役回りは?

「ゼンギをバラすのはゴドフロアの役目。
あんたの役回りは、コニーちゃんと一緒に
ビル内をほっつき歩いてゼンギを探すことだよ。
ゴドフロアみたいなゴツイ男がその辺をうろうろしていたら、
逆に不審人物だからな」

「会ったことがあるのか?」

「ないさ。想像だよ」

「何でコニーを連れて行かなくちゃならないんだ」

「あれ、聞いてなかったのかい?」

「聞いている。しかしそんな危険な任務に連れて行きたくない」

「じゃ、どうする?他の誰かを連れていくか?
誰にとっても危険には変わりないんだぜ。
恋人だから危険な目に合わせたくないってのは、贔屓だな」

・・・くそ、正論を言われては勝ち目がない。

「いいか、わかっていると思うが、サンズの客や従業員に、
爆弾が仕掛けられているから避難してくれなんて、死んでも言えない。
とんでもないパニックが去来し、
この国の国際都市としての名声が地に落ちる。
敵にもバレて、姿をくらまされ、別の都市が標的になる。
これは隠密作戦なんだよ。

それにだな、あんたらは正真正銘の恋人だから、溶け込める」

「ゴドフロアへの連絡は?」

「オレに電話しろ。
やっこさんは付近に潜伏させとく。
なーに、サンズの一階のオープンエアのバーで飲んでるさ」

「まあいい。
コニーに訊いてみるよ」

「は?訊いてみるとはどういうことだ?」

「彼女に相談する、と言っているんだ」

「バカかあんたは。
死ぬかもしれないと言われてついてくるやつがいるか?」

「なんとでも言え。
不公平なやり方は虫が好かん」

「ま、いい。
あんたに任せるよ。
ただ、万が一コニーちゃんがダダを捏ねたら、オレに言ってくれ。
代わりは用意するが、作戦を実施しないわけにはいかないんだ」

「わかってる」


店主が帰って、泊っている部屋に戻ると、
五十男は息子に電話した。

衛星通信電話、フル活用だ。

しばらく連絡していないし、明日死ぬかもしれない。

「お父さんだが」

「あ、お父さん、元気?」

・・・なんなんだ、この能天気なガキは。

「元気だが、お前は変わりないか?」

「うん、元気だよ」

「お前の彼女と、子供は」

「同じように元気さ!」

「それは良かった。
勉強は進んでるか?」

「新しい日本語を覚えたよ!
最近、日本語の”カクゲン”を勉強しているんだ」

「ほう、何かひとつ言ってみてくれ」

「犬も歩けば棒にあたる!」

「お前、それはことわざというんだ」

「だって、お父さん、タイ語はことわざもカクゲンも、”スパーシット”で一緒だよ!」

・・・これは一本取られた。
どうやら、息子は父から座布団をとるほど成長しているようだ。


息子にコケにされた後、夜まで待ってパンパシフィックに向かい、
38Fのクラブに顔を出した。

平日だから空いている。すぐにコニーに会えた。

職場だから、コニーもよそよそしい。
二人はひそひそ声で話した。

「あら、早めに戻られたのね」

「そうなんだ。
また仕事があってね。
ともあれ、きみは明日は?」

「お休みよ」

「それなら、仕事が終わったら僕が泊っているホテルに来ないか」

「うふ、いいわよ」


五十男はパンパシフィックのアトリウムで、コニーが仕事を終えて降りてくるのを待っていた。
待つ間、尾行がないか、追跡しているもの、
待ち伏せしているものはいないか目を配ったが、問題なさそうだった。

コニーは22:30頃降りてきた。

二人でタクシーに乗ってマンダリン・オーチャードに向かった。
なんだかお忍びみたいだった。

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コニーは夕食をとっていなかったのだが、何でもいいと言ったので、
ホテルに入る前にその辺のデリでテイクアウトした。

オーチャード・ロードは眠らない街だ。
スターバックスも、24時間営業している。

部屋に入るなり、コニーが五十男の首に飛びついてきた。

「わたしのハニー、お帰りなさい!」

おいおい。


「奥さんのお墓参りはしてきたの?」

コニーがパスタを食べながら訊いた。

「行ってきたよ」

「奥さんはなんて?」

「・・・え?」

最初の質問がそれだとは予想していなかったので、
五十男は即答できなかった。

「ごめんなさい、わたし、ちょっと図々しかったわね」


雰囲気が気まずくなったので、五十男の方から切り返した。

「きみこそ、ご両親にはなんて言ったんだい?」

「何が?」

「先週、パンパシフィックに泊まって、家に帰らなかっただろう?」

「アハ、あのときのことね」

「なんて言ったんだ?」

「彼の家に泊まったって言ったわ」

「ぶ、そ、それで?ご両親は?」

「びっくりしていたけど」

「それだけ?」

「そうよ。わたしは20の娘じゃないんだから」

「今日のことはなんて言うつもりだい?」

「同じように言うわ」

まいった。
意外とあっさりしている。

顔立ちは愛くるしいのだが・・・


「今、わたしってサバサバしてる、とか考えてるでしょ?」

始まった。これだ。

「い、いや、そんなことはないよ」

「ある」

パスタを食べ終わったコニーが、すたすたとフロアをまたいで、
五十男が座っているデスクのところまでやってきた。

「ある」

繰り返して言う。
わざとふくれ面を作っている。

五十男が黙っていると、破顔一笑した。

五十男の頬に両手で触れた。

二人はキスをした。


「コニー」

顔を離してから、五十男は真顔で言った。

「なに?」

「明日仕事なんだ」

コニーの顔が突然、は?わたしを誘っておいてそれ?
という表情に変わる。

「きみにも一緒に来てほしい」

コニーの顔色が戻った。

「ああ、そういうこと。いいわよ」

「危険かもしれない」

「あなたと付き合うこと自体、女の子にとっては冒険なの。
気が付かなかった?」

そういう言い方をされて、五十男は面食らったが、辛抱強く続けた。

「悪党を捕まえに行くんだ」

「いいじゃない。手伝ってあげる。
どこ?」

「サンズだ」

コニーの顔が輝いた。

「あら、じゃあおめかしして行かないと」

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