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■2021年7月19日:スパイ小説の世界へようこそ 15

34

木曜日、コニーはおしゃれしてサンズに行く、とは言ったが、
イーシュンの彼女の家まで帰る時間はないため、
その辺で買い物しよう、と五十男が言ったので、
午前中はショッピングとしゃれこんだ。

オーチャード・ロードはアパレル店がそれこそゴマンとあるが、
二人はまずはマンダリンの目の前のロビンソンに入った。

「大丈夫。ここだけでそろえてみせるわ」

そういってコニーは、黄緑色のワンピースドレスを持ってきた。

「ワンピースが好きなんだね」

「ワンピースが好きなのはあなたでしょ」

彼女がレジに持って行こうとするのを、五十男が肩に触れて止めた。

「なに?買ってくれるの?」

当然だろう・・・

「まあ、やさしいのね」

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買った服を持って、さっそくホテルの部屋に戻ってコニーは着替えをした。
着替え終わると、彼女は五十男の前でくるくるっと何回転かした。

ずいぶんカジュアルだ。年相応に見える。
合格と言っていいだろう。

彼は彼女のセンスに感心した。
これからの仕事の性質をちゃんと理解している。

「今、わたしのことかわいいって思ってる?」

「思ってるさ」

コニーは見るものがとろけそうな笑顔を浮かべた。


マリーナ・ベイ・サンズは、大まかにいうと道路を挟んでホテルと
ショッピングセンターに分かれている。

ショッピングセンターの方は、超高級ブティックが軒を並べるフロアで、
層はそれほどでもなく、3Fか4Fくらいしかなかったはずだ。
カジノやG-SHOCKのブティックもある。
大きさでは、タイのショッピングセンターの方が大きい。

今回は、ゼンギこと爆破犯の顔写真があった。
店主から入手したものだ。

我々の直接的な対抗手段となる、ゴドフロアの手にも渡っていると思いたかった。

どう見ても悪人顔で、ヤクザの下っ端みたいな顔をしていた。
普通に考えると、こんなのがつかまらないはずはない。

ところが、資本主義社会の観光産業は、航空便やホテルも含め、
”人は見掛けで判断してはいけない”となるから悪党が素通りしてしまうのだ。
そこが問題だ。

顔写真があってなんで入国時につかまらなかったのかは、いいっこなしだ。

変装していたのかもしれないし、水際対策が不十分だったか、
海路、夜闇で見つからないように入国したのかもしれない。

・・・あるいは、今も変装しているのかもしれない。

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今回、爆破される予定なのは、ショッピングセンターの方ではない。
ホテルの方だ。

「どうしてそう思うの?」

コニーが五十男に訊いた。
二人は、歩きながら話していた。

「最上階のプールを下に突き落とす計画だ、という情報があったんだ」

「ふーん」

最上階のスカイ・パークは、56階と57階にあって、
1Fあたりのホテル・フロアでチケットを買わないと行かれない。
確か、そこまで行くエレベーターも専用だった気がする。
さらに、屋上のプールは宿泊客専用だ。

爆破予定なのは、その下の階だろう。
ビルの付け根部分を爆破すれば、根元から上は崩れ落ちる。

問題は、爆破犯が爆弾を仕掛ける前に阻止しなければならない、ということだ。
時限式信管を使うのか、起爆装置を持って遠隔操作するのか知らないが、
設置された爆弾を探すのは至難の業だ。

だが、爆破犯がどこにいるのかがわからない。
1Fから55Fまでしらみつぶしに探すのか?という話だ。
当たりだってつけようがない。
それこそ100を超える似たような店やレストランが入っているのだ。


これは賭けだ。犯人はどこに宿泊しているのかという予想で、
そこに爆弾も保管してあったりすれば一石二鳥だ。
外部の別のホテルに泊っているのか、それともサンズに泊っているのかだ。
五十男の考えでは、このホテルに泊っていると想定していた。

これだけの建物の爆破だ。いくらセムテックスが強力とはいっても、
手のひらサイズでは足りないため、ある程度の量が必要なはずだ。

爆弾を仕掛けるのにも、下調べが必要なはずで、
爆破犯だって、それを持ったままあちこち移動したりしたくはないはずだ。
それも、一日ではないだろう。
店員や警備員の動きの把握もしなければならない。

つまり、犯人は数日前からシンガポールに来ている。

今述べた理由で、ゼンギはこのホテルに宿泊していると、五十男は見ていた。


五十男の推論を、コニーは感心したように聞いていた。

「頭いいわね」

・・・きみ、まじめに考えているかね?


「犯人を見つけたらどうするの?
つかまえるんじゃないんでしょ?」

「我々には彼をつかまえる指示は出ていない。
抹殺するだけだ」

「・・・あなたがやるんじゃないんでしょ?」

五十男はにっこり笑った。

「もちろん。
それはそれで別の人間が用意されている」

「その人とはどうやって連絡を取るの?」

「今回は電話機を渡されているよ」

衛星通信電話を見せた。

それを見て、コニーも安心したようだった。

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「さて、それじゃ第一段階だ」

五十男はすたすたとホテルのフロントのカウンターまで歩いていくと、
ゼンギの写真をホテル・スタッフに見せた。

普通、こういうところのスタッフは、保守義務があり、
ゲストの情報を第三者に漏らすことはない。

だが、五十男は店主からもらったJIDの捜査令状のようなものを持参していた。
それを見て、最初は胡散臭そうにしていた、係りの人間の顔色が変わる。

「このお客様でしたら、覚えています。
なんというか・・・映画俳優のようなお方でしたので」

迫力のある顔立ちだと言いたいのだろう。
今回、ターゲットの写真があって良かった。
ゼンギがゼンギという名前で宿泊するわけがないからだ。

「こちらのお客様は、48階のスカイライン・スイートにご宿泊です。
スカイビューのお部屋です」


たかが爆弾犯が何を考えているんだ。
2,000ドル(約16万円)を超える部屋だぞ。

「私たちもそこに行きたいのですが」

「け、結構ですよ。
ただ、あの、そのー、こちらのお客様に何か問題が?」

「知らないほうがいい」

爆弾犯だ、と言ったらパニックにならないほうがおかしい。

「一応マネージャーに相談させていただいてよろしいですか?」

五十男はうなずいた。

係の男は少々お待ちください、と言って奥に引っ込んだ。


五十男たちは少し待たされ、マネージャーからマスター・キーを渡された。

「ご呈示の身分証の組織の方に連絡させていただきました。
あなたの身元の確認が取れましたので、こちらをお預けします。
このキーで、どのお部屋にも入れますよ」

五十男は礼を言うと、一応、何か武器になるものを持って行こうと考え、
レストランフロアの端のカウンターから、ナイフを2,3本拝借して、
マネージャーに借りるよ、と断って鞄に突っ込んだ。

その後、二人は急いでエレベーターの方に向かった。


48階まで上がるのに、2,3分かかっただろうか?
廊下に出た。

広い廊下だ。
ゼンギが泊っている客室まで、颯爽と歩いた。

途中、金持ちそうな白人の中年夫婦とすれ違う。
「ハーイ」
と声をかけられ、コニーが「ハイ」と返した。

・・・やはり、コニーと一緒に来てよかった。
自分はいつも通りのラフで変な格好をしているから、
こんなところにいたらどう見ても不審人物だが、
シンガポール人で見栄えのいいコニーがついていてくれれば、
怪しまれないだろう。


目的の部屋の前まで来た。
壁に寄って耳を澄ます。

しばらくそうやっていたが、中から物音は聞こえなかった。
カギはカードキー式で、扉の正面に立たず、
壁際に立ったまま、手だけを伸ばしてキーを解除した。

ピッという音がして、緑色のランプが一瞬点いた。
そのままレバーを下げて、足で扉を開け、
五十男は首だけ曲げて中を覗いた。

しばらく、首が痛くなるまでそうしていた。
特に異常なさそうだった。

二人は中に入った。

とんでもなく広い部屋で、ホテルの資料では250平米近くあるらしかった。
ベッドはひとつだが、リビングとベッドルームが別になっていて、
椅子が10脚くらいあった。リビングにはテーブルが2つもあった。
バス・ルームも広かった。

ただ、ターゲットはセキュリティに無頓着らしく、
リビングのベッドルームに行く途中の壁際に、
スーツケースと、ダッフルバッグが置いてあった。

五十男はダッフルバッグを開けてみた。
セムテックスが詰まっていた。

セムテックスという爆薬は、無臭の粘土のような形状のもので、
五十男も訓練でどのようなものかは教わっていたので、
見てわかった。

起爆装置のようなものはなかった。
スーツケースの中かもしれない。


二人は五十男が爆弾の入ったダッフルバッグを持って
フロントまで引き返し、先ほどの係員はいなかったので、
別の係員にミスター何某を呼び出してくれるよう頼んだ。

件の係員が来ると、鞄を預けて、JIDに連絡してくれるよう頼んだ。
キーも返した。

「何が入っているんです?」

「JIDが教えてくれるさ」

五十男は言った。

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次は犯人の身柄確保だ。

「どこにいると思う?」
五十男がコニーに訊いた。

「ショッピング」

「何の店?」

「え、お洋服でも買ってる?」

「惜しい。僕はやつはカジノで遊んでいると思う。
こういう素性のやつなら、多分そうする」

「あん、もうちょっとだったのに」

・・・学生のパズルじゃないんだよ。
イスラムのテロリストが服なんか興味あると思うか?


マリーナ・ベイ・サンズのカジノは、誰でも入れるのだが、
外国人はパスポートの提示が必要だ。

五十男は偽名のパスポートを提示して中に入った。

フロアはかなり広い。
客の姿はまばらだった。
何気ない振りをしながら、二人はフロアを一周した。

いた。
バカラの前で粘っている。

爆弾がなくなっているのを知ったら、どんな顔をするだろうかと想像して、
五十男はいい気味だった。

二人は一旦出てきて相談した。


「どうしたの?
その実行役の人に電話するんじゃないの?」

「コニー君、実行役は、銃を使うのか刃物を使うのか知らないが、
こんな人目につくところで作戦は行えないよ」

「カジノでは実行できないのね」

「そういうこと」

コニーがちょっと上を見て考えて、また視線を戻した。
顔から血の気が引いている。

「まさか・・・出来の悪い小説みたいに、
私に彼をおびき出せなんて言わないわよね」


五十男は笑って、そんなことをしてもらう必要はないよ、
と言ってコニーを安心させた。

「ゼンギの部屋で待ち伏せしてもらうだけだ。

あいつが何時に部屋に戻るのか、カジノのあと他にも寄り道するのか知らないが、
爆弾が部屋に置いてあった以上、やつは部屋に戻るはずだ。

一旦カジノを出たのは、電話するにしたってカジノの中ではできないからさ」

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ショッピングビルの外まで出てから、衛星通信電話を取り出して、
店主に連絡した。

五十男は、爆弾を回収したこと、ゼンギがカジノにいること、
やつの宿泊している部屋番号を告げた。

店主は、了解、とだけ言って電話を切った。


35

連絡を受けたとき、ゴドフロアはサンズのショッピングセンター1Fのバー、
「Dallas Cafe & Bar」でタイガービールを飲んでいた。

悪くないビールだ。

アメリカの都市名を冠したこの店で、シンガポールの銘柄であるビールを飲んでいる。
それは、アメリカに雇われている彼が、シンガポールに作戦で来ているのに似て、
何か因縁めいたものを感じさせた。

彼はCIAが自分に付けた暗号名を、気にしていない風を装ってはいたが、
苦々しく思っていた。
まったく、暗号名だろうと作戦名だろうと、アメリカ人のすることはいささか芝居じみている。
そんなことをしているから情報が漏洩し、果ては逆スパイされたりするのだ。

彼はベルギー人だった。
彼らは、太古にはベルガエ人といって、ローマの征服に抗して戦ったが、
宗教はそれまでの自然崇拝から、ローマ人が持ち込んだキリスト教に鞍替えした。

キリスト教は、その前はローマ人からギリシャ・ローマの多神教を奪っていた。
いつまで経っても同じだ。

信教は、為政者が人を統治する道具に使われてきた。


ゴドフロアは色々なところで傭兵として戦い、
その後は雇われガンマンになったが、
傭兵から転向したのは、自分の末路が見えたからだ。

彼は子供のころ、コンゴ動乱のことを雑誌や史書で読んで、
傭兵の世界に夢中になった。
今の彼には、ベルギーはアフリカに深入りしすぎた、とわかっているが、
若者は、そういうものに憧れを抱きがちだ。
陸軍に入隊したときには、もう手遅れだった。

コソボ紛争で負傷して軍を辞めた後、
彼にできる職業はもう傭兵か用心棒くらいしかなかった。

戦場では、無辜の市民が大勢犠牲になって死ぬ。
そこには、キリストも、アッラーもまったく関係がない。
宗教など、何の意味もない。
人は宗教とは関係のない理由で戦い、死ぬ。
あるいは、殺される。

ゴドフロアは、自分がそうなるのはごめんだった。


作戦の指示は、ウェイターがさりげなく近寄ってきて、
メモを彼のビールジョッキのコースターの下に挟んで去っていった。

彼はそのメモをタバコの箱に挟んで重ね、
屋外席に持って行って、タバコを吸う振りをして指令を読んだ。
読み終えると、灰皿の上で店のマッチを使って燃やした。

そこには、ターゲットの現在位置と、
サンズに宿泊していること、部屋番号が書かれていた。
爆弾のことは書かれていなかった。
当たり前だ。バーのウェイターに預けるには、危険すぎる情報だ。
ただ、鞄は空だ、と書かれていた。

ターゲットは爆弾の使い手だということは知らされていて、
ゴドフロアはその筋の専門家ではないから、
手の込んだ爆弾など発見した場合は、連絡して指示を仰ぐことになっていた。

だから、鞄というのがそれで、空だということは、無力化されているということだと想像した。
余計な手間が省けたので、仕事が少し楽になった。
支援があると聞いていたので、誰かよそで働いているものがいるのかもしれない。

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ゴドフロアは会計をしてバーを去った。

彼はシグザウアーP229を、サイレンサーと一緒にシェービングポーチに入れて、
ジーンズのポケットに押し込んであった。

ベルギー人である彼は2m近い身長があり、そのくらいズボンに入ってしまうのだ。
別にここは戦場ではない。
使うときに出せば、用は足りるはずだった。

武器は昨日、ベルギー大使館に行って、そこでもらった。
どうせ、アメリカかシンガポールの政府か情報機関と、通じているのだろう。

彼はこだわらない性格だった。
生き残ることが最優先だ。
武器も別に何でもよかった。

殺し屋、あるいは暗殺者のお気に入りの武器など、映画か漫画の世界だけだ。
そんなものを使っていたら、尻尾をつかまれるのが落ちだ。
用を足せれば問題ない。


彼はまずカジノに行った。
パスポートを出して入り口を通ると、
バカラの札とにらめっこしている初老の男を見つけた。

ターゲットだ。
ばかばかしいくらいあっさり見つかった。
急に中東から出てきて、西側の娯楽にハマってしまったのか。

ゴドフロアは見つからないうちにカジノを出た。


ホテルには銃をポケットに入れたまま、堂々と入った。
西側の弱点は、銀行や空港を除いて、セキュリティが甘いところだ。
銃を持っていても、素通りできてしまう。
もっとも、どこにでも探知機の類を設置できるわけではない。
警報だらけで、仕事にならなくなるだろう。

ロビーをすまして横切り、エレベーターに向かおうとしたところ、
係員に呼び止められ、ぎょっとした。

コメディじゃあるまいし、いま述べたうんちくはなんだったんだ・・・?

ところが、係員はおどおどした様子で、彼の手の平にカードキーを押し付けて、
そそくさと去っていった。

教えられていた部屋番号のカードキーだった。
なんだ、当局に筒抜けじゃないか。
こんな調子で世界の平和が守れるのか、ゴドフロアは疑問だった。


心配しても仕方ないので、ゴドフロアは指定の階までエレベーターで向かうと、
素早く部屋を探し出し、カードキーで開けて中に入った。
ターゲットはさっき見ているので、中に誰かいる心配はしていなかった。
さらに、ホテルがグルなのもわかったので、罠の心配もない。
ソックスの内側にゴム手袋も用意してきたが、それすらはめていなかった。

豪勢な部屋だった。
一通り点検して回ったが、一人以上の人数が宿泊している形跡はない。
爆弾の類も見つからなかった。
こんなところに一人で泊る悪党の気が知れない。

しかしターゲットはアラブ人だ。
富豪の夢でも見ているのだろう。

さて、ターゲットの心境を推理してみよう。


カジノで遊んだ爆弾犯は部屋に戻ってまず何をする?
飯か?風呂か?

いやいや、まずは爆弾の安否を確認するだろう。

リビングの壁際にスーツケースとダッフルバッグが置いてあり、
おそらくそれが例の無力化された爆弾だ。
あるいは、爆弾が入っていた入れ物だ。

彼は念のため確認することにした。
スーツケースの方は、鍵が掛かっており開けられなかったが、
爆弾が入っているような重さではなかった。
当局の者が調べたにせよ、恐らく衣類の類しか入っていなかったのだろう。
起爆装置などは、入っていたとしてもさほどかさばるものではない。

バッグの方は、持ってみると意外に重かったので不審に思い、
仕掛け線などがないかどうか、
慎重にチェックしながらジッパーを引いて開けてみたところ、
思わず笑ってしまった。

ダッフルバッグには、丸めた雑誌が何冊も入れられていた。
ひとしきり笑わせてもらった後、ゴドフロアはジッパーを閉めて
バッグを元に戻した。

爆弾犯はこれらを開ける。
中身がない。
やばいと考える。
彼らお得意の自爆も、爆発物がなければ話にならない。
いかに狂信者とて、人生の最後を飾る盛大な花火があげられないとなれば、
逃げ出そうとするのではないか?

となれば、こちらは退路を塞ぐ位置にいるのがいいだろう。
ゴドフロアはその辺にあるものを見回した。

ベッドくらいしかない。
ベッドの下にもぐる。
ここからだと、スーツケースは見えるが、ターゲットは足くらいしか見えないだろう。
しかし、外すような距離ではない。
ゴドフロアは問題はないと判断した。

スーツケースかダッフルバッグは、中身が入っていないのであれば、
ターゲットは持っただけでハメられたことに気付くはずだ。
ハメられたのは、バカラだけではなかったわけで、
今回はJIDの心配りのおかげでそうはならない公算が高いが、
そうはいってもゴドフロアには素早い行動が必要になるはずだった。


銃は、ベッドの下にもぐり込んでからでは取り出せなくなるので、
先にシェービングポーチから出して、サイレンサーもはめてあった。

1時間ほど待ったころ、誰か部屋に入ってきた。
ゴドフロアが腕時計の時間を見ると、午前2時を過ぎていた。

人影がベッド脇をよぎり、ダッフルバッグの前まで来た。
運のいいことに、その人影は屈みこんでバッグのジッパーを開けようとした。

男の顔が見えた。
服装からして同じだから、間違えようがないのだが、
カジノで見た男、事前に写真で確認していたターゲットと、同じ男だった。

ゴドフロアは男の顔にシグザウアーの狙いをつけると、引き金を引いた。

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